『わたのまち、応答セヨ』100分の1まで衰退した三河木綿の復活プロジェクトは「逆境」と「奇跡」の物語だった
『わたのまち、応答セヨ』新宿シネマカリテほか全国公開中
地方都市のさびれゆく産業文化にスポットを当てたドキュメンタリー……こう聞くと「どうせ安作りのPRビデオでしょ」と片付けてしまうものだ。実は筆者もそうだった。この「わたのまち、応答セヨ」は愛知県蒲郡市に1000年以上続く三河木綿の歴史と現状を伝える映画。衰退した文化の好いとこ取りをした作品だろうと思って見てみたら、ずいぶんと違う。ドラマがあるのだ。
制作陣のドラマは逆境から始まった。町の基幹産業を盛り立てる映画を作るのだから、ふつうなら歓迎されるはずだ。ところが現実は正反対。地元業者らの反感を買ったという。
プロデューサーの土屋敏男は作品中でこう明かしている。
「『そんなことは必要ない』『やるんだったら、勝手にやってくれ』『余計なことをしないでくれ』と真っ向から否定され、正直かなりのショックでした」
もともとは蒲郡市が依頼した企画だ。市は映画に期待しているが、地付きの業者たちは懐疑的。というより冷笑を浴びせかけたわけだ。そうした反感をどうやって乗り越えたかが本作の見どころでもある。
日本に初めて綿花栽培がもたらされたのは今から約1200年前の799年。この蒲郡に外国人が漂着し、地元の人々に世話になったお礼として綿花の種子を分けてくれたのが始まりという。