救急医療の現場に新風を吹き込んだ草分け的存在
■当初は“変わり者”とされるも…
一方で、大病院の見落としを救うこともある。隣の市の10歳男児が柔道大会に出場し、背中を強打。帰宅しても痛いので近くの大学病院を受診したが、診断は打撲。しかし、夜中になっても痛みは引かず、たまらず同院を受診。CTとエコーで調べたところ脾臓の損傷が判明。埼玉医科大総合医療センターに送り、緊急手術した。放置していたら死亡していたかもしれないケースだ。
当初は“変わり者”とされた上原院長だが、いまでは全国から「私も救急クリニックを始めたい」という熱血医師の問い合わせや見学が多い。自分が苦労をした経験から2年前に「NPO法人日本救急クリニック協会」を設立。開院や運営のノウハウなどを共有できるようにサポートしている。
▽東京都出身。1989年産業医科大学医学部卒後、同大麻酔科に入局。福岡市立こども病院・感染症センター、九州厚生年金病院などを経て、01年埼玉医科大学総合医療センター高度救命救急センター医局長・講師。10年開院。
〈所属学会〉 日本救急医学会、日本麻酔科学会、日本集中治療医学会など。