昭和レトロどころか大正ロマン…静岡で100年続く名店「多加能」で桜エビの天ぷらを
甘味が口中に広がる
キリンの生中(550円)から。昔ながらのまっとうな中ジョッキだ。いいね。お品書きには魚がズラリ。刺し身、天ぷら……焼き鳥に静岡おでんもある。朝どれの鯵をさっと酢にくぐらせた鯵酢(660円)とビールがよく合うこと。
桜エビも朝あがったものとか。じゃ、その天ぷら(935円)を! 持ってきてくれたのは3代目の親方だ。「天つゆもいいですが、まず塩で召し上がってみて下さい」
その一言がうれしい。かき揚げをイメージしていたが来たものは、数匹ずつまとめて揚げたもの。ここに塩を振って指でつまんで口にポイ。ほんのり上品な桜エビの甘みが口中に広がる。塩正解。こりゃ酒だな。地酒の萩錦の辛口(380円)を常温でぐびり。今どき珍しい正一合のガラス瓶。昔のおでん屋などはだいたいこの瓶だった。
そこへカウンターの端に陣取るお隣のマダムが、「ここの手羽先のワイン焼きもおいしいのよ」。こう言って、今出てきたばかりの手羽先をアタシの小皿におすそ分け。カウンターを守る4代目が、あ~、つかまっちゃったね~といった表情で苦笑いしてる。
このマダム、3代目と同級生で通い続けて50年とか。「この店はそんなお客ばかり。あたしなんか新しい方ですよ」
おみそれしました。
ここ10年ほどの間に全国各地から100年酒場を求めて観光客が押し寄せ、東京では居酒屋などに入ったことのないような人たちまで来るように。
「あたしら地元だけの店じゃないからね。たくさんお客が来て長く続けてもらわないと」
なるほど。ちょっと寂しそうなマダムがぐいっと萩錦を飲み干した。
アタシは新幹線の時間が気になり、マダムの話も上の空。1時間じゃ100年の空気は味わい切れないな。また来ようっと。
(藤井優)
○多可能 静岡市葵区紺屋町5-4