勝ち組ママ友が放った屈辱的な一言。私を「一般人」と一緒にしないで!【四ツ谷の女・大宮由香31歳 #2】
【四ツ谷の女・大宮由香31歳 #2】
【何者でもない、惑う女たちー小説ー】
四ツ谷・番町エリアに暮らす医師の妻である大宮由香は、娘・葵を名門お嬢様学校に通わせている。小学校に入った葵から友人ができたと聞くが、その子は赤羽に暮らす「キラキラネーム」の女の子だと由香は知る。警戒心を抱きながら、家に招待したところ…。【前回はこちら】
◇ ◇ ◇
数日後、愛舞(らぶ)ちゃんも了承し、母親と共に我が自宅マンションに来訪することとなった。
そして、休日。ついにその日がやってくる。
「おはようございます、山田です」
「お待ちしておりました、どうぞお入りください」
約束の時間ちょうどに、インターフォンが鳴った。ドアフォンを通じてセキュリティを開けると、1分もしないうちにその母娘は現れた。
「初めまして、山田愛舞の母です」
「わざわざありがとうございます、わたくし…え?」
由香は、玄関の扉を開けるなり固まってしまった。
懸念が、予想通りのことであったから。
名門校の保護者とは思えない
娘の友人・山田愛舞ちゃんの母親はよくわからない海外のバンドTシャツにジーンズを合わせたラフな服装だった。それは、地元のやんちゃな友人を思わせる懐かしい普段着である。
由香は戸惑いの表情を隠せなかった。そんな心の内をつゆ知らず、彼女はにこやかに自らの自己紹介をはじめる。
「娘がお世話になっております。山田愛舞の母、来良(らいら)です。今日は楽しみにしてきましたー」
「どうも…おあがりください」
目を合わせずに、とりあえず家の中へ迎え入れることにした。
年齢は由香と同じくらいだろうか。ショートカットの来良はベースの色こそ黒であるが、ところどころブラウンのハイライトを入れており快活な印象だ。
娘同様、ハキハキとした明るい第一印象ではあるが…どこか相容れないものを感じる。彼女は最低限の礼儀としての手土産さえ持ってきている気配もなかった。
「お邪魔します」
愛舞と来良は、座って靴を並べ、スリッパに履き替えた。その行動にひとまずの安心感をえた由香だったが、親子の足元を見て愕然とした。
靴下も履いていない素足であったのだ。
――しかも、愛舞さんが着ているTシャツって…。
アニメなんて見せないのに
呆然とする由香をよそに、葵は愛舞と手をつなぎ、リビングへ誘導していく。
「愛舞ちゃんの服、可愛いね」
「ポケモンだよー。知らないの?」
葵にはニュースとNHK以外は見せていない。同じ学校に通わせていれば同様の教育方針だからと甘く見ていたが、どうもそうはいかないようだった。
なぜこんな子が名門校に入れた?
「ごめんなさいね。私、娘は自由に育てているから」
葵には、基本的にNHK以外を見せていない件を話すと、由香は来良からあっけらかんと謝罪された。
「自由…それでうちの学校に小学校から入ったのはすごいですね。幼児教室を掛け持ちしても難しいはずなのに」
由香は皮肉を交えながらも来良に尋ねる。愛舞の存在を認識してから、純粋にも疑問だったことだから。なぜ、彼女たちのようなご家庭が我が校との縁を得られたのかが不思議だった。
「それがね、しつけを丸投げしていたお教室の先生に勧められるがまま受験しただけなのよ。愛舞は、賢い子だからペーパーテストの結果が抜群に良かったんじゃないかな?」
「…そんなことあるの?」
突然言葉がくだけた来良に、由香もつられてしまった。
「だってそれしか考えられないもの。まぁうち、子供は一人って決めてるし、お金の面でも余裕はあるから、ラッキーだなって…」
聞けば、山田さん夫婦は共に地方出身。大学からの早稲田の同級生で、それぞれ有名なメディア関係の企業に勤務しているのだという。聞いてもいないのにそう話してくれた。当然、愛舞は入学前、保育園に通っていたそうだ。
――やっぱり、一般企業の共働きの方だったんだ。
名前や住んでいる場所だけでの偏見はよくないと、訪問に備えて、エルメスのティーセットを新調し、赤坂のしろたえでケーキを用意した。
だが、それは無駄だったと落胆する。
偏見は、正しかった。
「一般人」と一緒にしないで
Tシャツや裸足での来訪は、「一般の人」にとってはなんてことないのかもしれない。だけど、この世界に誇りを持つ由香にとって、彼女たちの言動は耐えがたいことだった。
垣間見える品のなさ――娘をお嬢様学校に入れたのに、これでは意味がない。
そんな由香の怒りに追い打ちをかけるように来良は声を弾ませた。
「でもね、愛舞と仲良くなったのが葵ちゃんでよかった。私ね、大宮さんとは通じるところがあると思っていたのよ」
「…は?」
由香にとってはバカにされたような気分になった。適当で勝手な同族認定だと。
必死に背伸びして、仲間であろうと思いたい気持ちは理解できる。かつて、お嬢様大学に入ったばかりの自分がそうだったから。
だが今は、違う。自分は医師の家柄の一員で、番町エリアに住み、義母がOGの伝統的なお嬢様学校に幼稚園から通う娘の母なのだ。
私には同じレベルのママ友がいる
この怒りを面に出し、同じステージに降りてはならないと由香はグッと堪えた。
キリスト教の精神に基づき、他者を尊重すること――娘の通う学園の理念だ。余裕を装い、必死で笑顔を取り繕った。
来良とはその後、学校のママ友の噂話で場を繋ぎ、夕方、彼女たちはやっと帰宅をしてくれた。
来良とLINEは交換したが、今後、交わす機会はほとんどないだろう。
由香には他にも自分と同じレベルのママ友がいるのだから。
セレブなママ友から予想外の一言が
数日後のある日。
「葵さんのお母さま」
授業参観で学校を訪れた昇降口にて、由香はつま先でスリッパを揃えていると、背後から声をかけられた。
「あら、鈴華さんの――」
「ごきげんよう」
由香は時折幼い頃の癖で、足で動作を行ってしまうことがある。はしたない姿を見られたとヒヤヒヤしながら振り向くも、気に留めていない様子の穏やかな笑顔に由香は安心した。
声の主は鈴華の母。この学園のOGで、夫は五大ローファームに勤務する弁護士だ。いつも姿勢が良く、彼女の腕にはいつも黒のバーキン30が当たり前のように提げられている。もちろん幼稚園から上がってきたママ友だ。
「伺いましたよ。葵さんのお母さま、最近愛舞さんのお母さまと仲がいいんですってね」
彼女から発せられる不本意な言葉に、由香は慌てて否定した。
「あ、いえ、葵が仲良くて、一度自宅に招待しただけですよ。手土産も持ってこなかったことにびっくりしましたけど」
「まぁ…」
一瞬、表情がよどんだような気がした。由香にはそれが“来良の非常識さにドン引きしている”ように見えた。
由香は昂り、思わず感情を共有したくなってしまう。
「しかも、下品なロゴのシャツでいらして。どう思います? 校長様がなぜあのようなご家庭の方とこの学校とのご縁を繋いだのか、私には不思議で不思議で」
眉毛を八の字に、嫌悪感を表して報告する。愚痴を言いあってスッキリしたい、その一心だった。
しかし――返ってきたのは予想外の言葉だった。
「お二人は似たような雰囲気ですから」
「よくわかりませんが、お二人は似たような雰囲気ですから、合うと思うんですけどね」
その表情は、いつにも増して穏やかだった。由香はわけがわからない。
「似たような…って、どういうことでしょう?」
先日、来良にも同じことを言われたことを思い出し、由香は尋ねてしまう。
彼女は言葉を選んでいた。
モナリザを思わせる意味深な笑顔を伴って。そして、やっと回答を得る。
「強いて言えば、負けず嫌いなところでしょうか」
皮肉を羽毛で包んだような遠回しな苦言だ。
それは、直接的な嫌味よりも由香の心に深く刺さった。
【#3へつづく:「負けず嫌い」に含んだ意味を理解した由香は…】
(ミドリマチ/作家・ライター)