「シャドウプレイ」ジョセフ・オコーナー著 栩木伸明訳

公開日: 更新日:

「シャドウプレイ」ジョセフ・オコーナー著 栩木伸明訳

 吸血鬼小説の古典的名作「吸血鬼ドラキュラ」が世に出たのは、ビクトリア朝末期の1897年。作者は、ロンドンで劇場支配人を務める傍ら小説を書いていたブラム・ストーカー。本書はストーカーが「吸血鬼ドラキュラ」をどのように構想していったのかを物語の軸に据えながら、世紀末ロンドンの時代を濃密に描いた小説。なにより、この小説自体が本家「吸血鬼ドラキュラ」の上質なパスティーシュ(作風の模倣)であり、そこかしこに本家の登場人物やエピソードがちりばめられている。その仕掛けを見破っていくのも楽しみとなるだろう。

 ストーカーが支配人を務めるウエストエンドのライシアム劇場を主宰するのは当代きっての名優ヘンリー・アーヴィング。アーヴィングがハムレットを、人気女優のエレン・テリーがオフィーリアを演じた「ハムレット」は高い評価を得た。そのアーヴィングに請われて支配人となったストーカーだが、小説執筆の欲望はやみがたく、劇場の屋根裏で吸血鬼を主人公とした小説を書き進めていく。アーヴィングのワンマンぶりは周囲を辟易させストーカーとも度々衝突するが、2人の間の並々ならぬ関係もほのめかされている(ドラキュラ伯爵にはアーヴィングのキャラクターが投影されているといわれる)。一方でストーカーはエレンにも引かれ、3人の関係が物語の重要な横糸にもなっている。

 また深夜にロンドンの街を彷徨する癖のあったストーカーと“切り裂きジャック事件”をうまく絡ませたり、ストーカーの妻の婚約者でもあったオスカー・ワイルドの同性愛事件など虚実取り混ぜながら世紀末ロンドンの闇と吸血鬼物語とを共鳴させていくところも、作者の手だれぶりが遺憾なく発揮されている。

 全編に通底しているシェークスピア劇も含め多声的・多層的な物語は、「吸血鬼ドラキュラ」の未読の人でも存分に味わえる奥深さがある。 〈狸〉

(東京創元社 3520円)




最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    フワちゃん「やす子いじめ」で性格の悪さ露呈…“篠原ともえ級”キャラ変しか生き残る道なし?

  2. 2

    フワちゃん芸能界追放へ…やす子への暴言炎上は鎮火せず SNSの“NGフレーズ”が致命傷

  3. 3

    フワちゃん暴言→謝罪は何が問題だったのか? 大炎上の鎮火方法は1つだけ…識者が見解

  4. 4

    健大高崎(群馬)青柳博文監督「野球部の年間予算が1億円? わはははは…」

  5. 5

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  1. 6

    朝6時に起きて息子の弁当づくり ご飯は土鍋で炊きます

  2. 7

    人気絶頂フワちゃんが突如フルボッコ状態…ベタ褒め芸風「タメ口」への嫌悪感が一気に噴出

  3. 8

    興南(沖縄)我喜屋優監督「野球しかしていない高校生の将来は誰が保証するのでしょうか」

  4. 9

    仮面夫婦といわれた松平健・大地真央の離婚

  5. 10

    ちあきなおみ(6)一瞬、驚いたように立ち止まったが、無言で歩き去った。会員限定記事