ハタノ製作所 波田野哲ニ社長(1)「溶接をアートにした」町工場の技術力 デザインユニットとの協働
先に説明したような工業製品では、研磨して消してしまうという溶接跡。それを逆に生かして、2021年に生まれたのが「溶接茶筒」という作品だ。
YOCHIYAというデザインユニットとの協働で生まれたこの茶筒は、溶接による焼き色の美しさをうまく作品に取り込んでいる。
「デザイナーの方から溶接跡の美しさを指摘されたことが、協働のきっかけでした」と波田野氏。
溶接とアート、デザイン。その接点をさらに深掘りするため、波田野氏の子ども時代へと時間をさかのぼろう。
1986年、東京都大田区で生まれた。父親もTIG溶接の会社を経営しており、後にこの会社に入り、更に父親とは袂を分かって独立することになる。
「子どもの頃はよく工場に連れて行かれ、高校時代にはアルバイトもした。溶接は身近にありました」
同時代の多くの子どもがそうだったように、波田野氏も電子ゲーム機が大好きだったというが、「親が厳しく、ゲーム機は週1回、1時間しか遊べませんでした」と振り返る。