両親が背負った日中卓球交流 原点は“ピンポン外交”だった
張本智和は2003年6月27日、宮城県仙台市で生まれた。
父親の宇さん(47)と母親の凌さん(45)は中国人だから、張本少年は中国と日本の二重国籍を持っていた。だが、4年前、宇さんと子供たちは日本国籍を取得した。国籍や所属は日本では厳しく、法的には22歳までにどちらかを選ぶことになっている。国籍とスポーツの代表籍は別で、野球のWBCは祖父の代まで遡っての国籍選択を認めている。だが、卓球にはそうはいかない事情もあった。
張本の日本国籍取得には、オリンピックよりも前に、オープン化されていない全日本選手権出場という目標があった。ここに宇さん夫婦が背負ってきた日中の卓球交流が垣間見える。
両親は中国四川省綿陽の出身で、宇さんは1971年生まれ。張本の父方の祖父は学生時代にバスケットボールに熱中するスポーツ愛好家だったが、宇さんは小学校に上がった8歳ごろに父の勧めで卓球を始めた。
「中国の学校にはどこにでも卓球台があって、子供たちはわれ先に卓球で遊んでいました。とはいっても、本格的なものではなく、卓球台は石のテーブルだったし、ラバーも張っていない白木のラケットでしたけれども」