パットンは僕の名字をイン ザ ライス フィールドと訳した
不思議な感覚でした。前年までプレーしていた神宮で、敵チームであるDeNAの一員としてプレーする。「6番、セカンド、田中浩康」。スタメンがコールされたときのヤクルトファンからの歓声は一生忘れません。
打席に入る前、かつてイチローさんがマリナーズからヤンキースに移籍した直後にそうしたように、僕もヤクルトファンに一礼したいと思っていたのですが、打席が回ってくるとすっかり忘れていました。周りの声も聞こえません。移籍後初安打を打つことができましたが、喜ぶ余裕すらないくらい必死でした。
DeNAの野手では、後藤武敏さん(現楽天コーチ)に次いで上から2番目の年齢。10年前、ラミレス監督が若手だった僕にしてくれたように、試合に出ても出なくても、後輩にはなるべく前向きな言葉をかけたい、僕が経験してきたことは何でも伝えたいと思っていました。今年は、監督から「ダッグアウトキャプテン」という肩書ももらい、チームの一助になろうと動いたつもりです。
昨年、捕手の戸柱には「俺は戸柱のリードは嫌だったよ」と話したことがあります。16年に新人捕手だった彼と対戦し、攻め方にハッとさせられたことがありました。打席の後ろで守っている姿は、新人ながら堂々として存在感もありました。