「シルバー民主主義の政治経済学」島澤諭氏
日本は今、かつての栄光の日々を忘れられないまま、右肩上がりの時代に形成されたシステムを後生大事に維持してきた結果、政府財政や社会保障制度の破綻が待ったなしの状況に陥っているのが現状だ。
「働き盛り世代の暮らし向きがなかなか上向かない原因は、高齢世代が政治プロセスを支配し、既得権をむさぼり、政治改革の邪魔をしているからだ、という『シルバー民主主義論』が叫ばれています。しかし、実は現代の日本ではそもそもシルバー民主主義は生じておらず、政治(政府?)の言い訳に使われているだけではないか。シルバー民主主義という幻影を生み出し、とりあえず分かりやすい敵をつくり出して情報操作しておけば、政治や選挙がうまく回りますからね。改革を怠り債務の先送りを続ければ、その先に待つのは日本という国の崩壊です」
シルバー民主主義が存在するとされる根拠には「世代間格差」が挙げられる。しかし、その実態を試算してみると、意外なことが分かってくる。鍵となるのが、一生涯で得る所得で純負担額を割った「生涯純負担率」だ。
0歳世代の生涯純負担率は20・3%であるのに対し、40歳世代では19・0%、65歳世代で10・5%。負担は若い世代ほど大きいものの、その格差はたかだか10%程度である。
確かに80歳世代以上の生涯純負担率は他の世代に比べて小さいが、第2次世界大戦の影響により勤労期間中に十分な額の保険料を拠出できなかった影響もあり、同じレベルでの比較はできない。
「問題は、これら現在世代内の格差ではなく、将来世代、つまりこれから生まれてくる世代との格差なんですね。0歳世代と将来世代では、財政・社会保障制度の受益負担構造などが同一条件にあるにもかかわらず、将来世代の生涯純負担率は何と47・5%。0歳世代より27%も多く、政府を介して生涯所得の半分近くを他の世代に移転することが決まっています。その債務は926兆円と試算でき、彼らは生まれる前から負担を背負わされ破綻していることが明らかになっているんです」
非シルバー世代は搾取ばかりされていると感じるかもしれないが、政府による“全世代型バラマキ”により、実際には教育無償化やこども保険などによる再分配も進められている。実際には、シルバー世代が非シルバー世代を搾取しているのではなく、現在生きている世代が結託し、まだ生まれていない将来世代の財布に手を突っ込んでいるというのが日本の現状。これは“財政的な幼児虐待”に他ならないと著者は言う。
「安倍内閣では改革の先送りを隠蔽するため、アベノミクスという成長幻想を振りまいています。経済成長とインフレが政府財政の課題すべてを解決してくれるというスタンスで、国民を欺くために経済成長率を過大に推計する政治的バイアスも見られます。事実、内閣府による経済財政の見通しよりも、GDP成長率は下回っていますからね」
楽観的な財政見通しが引き起こした壊滅的な事例として、ギリシャの破綻が記憶に新しいが、予測精度の低い将来推計の上に成り立っている日本の現状も、大差ないのではないか。
「近年、先進国では経済財政の将来推計を政府から独立した非党派性を持つ第三者機関に任せる例が増えていますが、日本ではまだ難しい。まずは国民一人一人が日本の現状から目を背けず、格差やシルバー民主主義の本質を見極めることが、財政的幼児虐待を止める第一歩になるのではないでしょうか」
(日本経済新聞出版社 2400円+税)
▽しまさわ・まなぶ 公益財団法人中部圏社会経済研究所 経済分析・応用チームリーダー、法政大学講師、財務総合政策研究所客員研究員。1994年東京大学経済学部卒業後、経済企画庁入庁。15年から現職。著書に「孫は祖父より一億円損をする」「世代会計論入門」などがある。