だから「合理的制度」が破局をもたらしたのか

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「改革の不条理 日本の組織ではなぜ改悪がはびこるのか」菊澤研宗著/朝日文庫/2018年5月

 危機管理理論に関して日本で最も優れた専門家は菊澤研宗先生(慶応義塾大学商学部・大学院商学研究科教授)であると評者は考えている。本書は、取引コスト理論、エージェンシー理論、所有権理論と行動経済学の学術的知見を生かして、合理的行動によって改革が失敗するという不条理について、理論と具体例の両面で明快に説明している。

 例えば、一時期、米国で飛ぶ鳥を落とすような勢いをもった新興電力会社エンロンが2001年12月に破産法の適用を受けて、400億米ドル(約5兆円)の負債を抱えて、米国史上最大の倒産を起こした事例だ。菊澤先生は、エージェンシー理論を用いてこの事例を見事に解明する。エージェント(代理人)が経営陣で、プリンシパル(依頼人)が投資家だ。
<企業業績が良好なときには、経営者はたくさんの報酬をもらっても株主から批判されることはない。また、市場を利用して資金を容易に調達できるので、経営者は投資家の不備に付け込んで嘘をつく必要はない。正直に経営の実態を市場に公表することによって、より多くの資金をスムーズに調達できるだろう。そして、この資金を再び効率的に利用することによって、さらに多くの資金を調達することになる。/このように、経営が良好なときには、株主と経営者の利害は一致し、企業は加速度的に成長することができる。まさに、エンロンは、企業経営が良好なときには、忠実に市場メカニズムにもとづく効率重視経営を展開していたのであり、その行動は私的にも社会的にも効率的だったのである。/ところが、ひとたび経営不振に陥ると、企業は株式市場から資本を効率的に調達できなくなる。というのも、その実態を市場に公表すれば、資本は引き揚げられ、株価は下がり、別の能力のある企業へと資本は移動することになる。>

 エンロンの経営者は自社株を大量に保有していたので、投資家を騙すことで生き残りを図った。経営者の不正を抑止するために考案されたストックオプション(あらかじめ決められた価格で自社株を購入できる権利)という合理的制度が破局をもたらしたのだ。

★★★(選者・佐藤優)
(2018年6月1日脱稿)

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