なるほど、貨幣発行益を使えばベーシックインカムを導入できる
「AI時代の新・ベーシックインカム論」井上智洋著/光文社新書
ベーシックインカムとは、政府がすべての国民に一定額を無条件で支給する新しいタイプの社会保障だ。多くの経済学者がその有用性を指摘するとともに、フィンランドなどでは、すでに実証実験が始まっている。本書は、ベーシックインカムを日本にも導入せよと主張するのだが、何より素晴らしいのは、著者の日本の財政の評価だ。
著者は、日本政府の実質債務がゼロで、財政収支も大幅な黒字であることを前提に議論を始めている。政府が保有する資産と貨幣発行益を考慮すれば、それは当然のことなのだが、日本の経済学者の99%がこのことを理解していない。
昨年度の貨幣発行益は31兆円。表面的な財政赤字は19兆円なので、実質的には12兆円もの財政黒字が出ている。私は、この黒字を消費税率の引き下げに使うべきだと主張してきたが、著者のアイデアは、それをベーシックインカムの一部に使おうというものだ。
1人当たり月額7万円を支給するベーシックインカムを導入しようとすると、単純計算で100兆円の財源が必要となる。しかし、失業給付や基礎年金など、廃止できる給付があるので、実質的に64兆円の財源を新たに見つければよい。たとえば、相続税率を一律30%引き上げ(最高税率85%)、所得税率を15%引き上げ(最高税率60%)れば、ベーシックインカムを導入できるというのが著者の試算だ。
ただ、著者のもうひとつのアイデアは、ベーシックインカムを税金で賄う部分と貨幣発行益で賄う部分の2階建てにしようというものだ。そうすれば、増税を小さく抑えることができる。
著者が問いかけているのは、貨幣発行益は誰のものかということだ。戦後の日本政府は、貨幣発行益に1円も手を付けていない。それどころか、存在さえ隠してきた。しかし、著者が主張するように、貨幣発行益は、国民全員のものだ。だから、国民全員のためになるベーシックインカムに使うのが正しいという意見に私も賛成だ。AIが雇用を奪い、格差が大きく拡大すると見込まれる今後の日本経済を考えるうえで、大胆だが、最も的確な経済政策を本書は打ち出していると思う。
★★★(選者・森永卓郎)