「三条実美 維新政権の『有徳の為政者』」内藤一成著
幕末・明治に活躍した貴族「三条実美」の伝記である。
その名はもちろん知ってはいるが、彼の生涯をまとめて振り返った書物を読むのは初めてだった。家格の高い貴族の出身であり、倒幕勢力によって「担ぎ上げられた貴族」というイメージが強かった。明治新政府では太政大臣を務めていたが、司馬遼太郎の小説などによりたぶんにお飾り的存在だと思っていた。
しかし、そんなヤワな貴族ではなかった、ということが本書では語られる。穏やかな性格ながらも芯を通す強い人間であった。
幕末に革命派の貴族として京都を追放され、長州から太宰府へ流されたことがある。そこでも革命家と接触を続け、幕府からの移転命令に際しては、ついにその場での死も覚悟していた背景が描かれている。
専門家による研究書でもあるので、調査は実に緻密である。当たり前だが。
京都の天皇から江戸城の将軍への使いが送られる折、かつては将軍が上段に座り、使いの者は下段に伏してから上段に上って勅命を述べていたが、文久3年11月に三条実美が使いになった時、三条は最初から上段に座ったという。
これが朝廷優位へとなっていく出来事のひとつなのだが、その細かい描写にはただただ驚く。
明治政府になっても、元貴族でありながら三条実美は大久保利通、伊藤博文らの開明派の後ろ盾となり、「太陽暦を元の暦に戻せ、洋服を廃止しろ」と主張する旧勢力(トップは左大臣の島津久光ら)からの主張を阻止する先頭に立っていた。この人は貴族なのに開明派だったのだ。とてもすてきである。
三条が危篤となった時、明治帝は驚き、ごくわずかの近習だけを伴ってその屋敷に赴き生前に正一位を授けたという。生涯を描いた当書を読み、幕末明治の動乱期の物語としてより、自分を律して生き抜いたひとりの男性の生涯に付き添った気分になり、胸をつかれた。新書の伝記を読んで泣きそうになったのは初めてのことである。
(中央公論新社 840円+税)