「むう風土記」松鳥むう氏
「故郷の滋賀県に帰省したとき、近くの神社で神事の最後にお供えしたものをいただく“直会”が行われていて、ジャコのなれずしを食べさせてもらったことがあるんです。ふなずしは知っていましたが、ふな以外のなれずしが身近にあったことに衝撃を受けました。それからというもの、全国の行事食を訪ね歩いているんです」
本書では、著者が足を運んで見て、食べてきた中から厳選した食と文化をイラストと共に紹介。数年後には幻となってしまうかもしれない料理や行事について、風土記風にまとめられている。
例えば、山形県酒田市の“あんかけうどん”。江戸時代から続いているという「酒田まつり」で、食べられている。著者は宵祭りの朝から酒田市へと乗り込んだ。
「関西生まれの私にとって、出汁を効かせた“あんかけ文化”は身近なもの。だから大喜びで酒田まつりに出かけたのですが、一口食べて驚きのあまり箸が止まりました。なぜなら、あんがお菓子かと思うほど甘かったんです」
“砂糖が押し寄せてくる”というほど甘い酒田まつりのあんかけうどん。酒田港はその昔、北前船の寄港地として栄え、米や紅花などが京都に運ばれ、そして京文化がもたらされた。京阪神で親しまれていたあんかけうどんが、ハレの日のごちそうになるのも不思議ではない。そして、当時高級品だった砂糖も、ハレの日にここぞとばかりに使われた。こうして激甘のあんかけになった。
滋賀県米原市梓河内(あずさかわち)で冬に行われる、五穀豊穣を願う民俗行事「オコナイ」では、絶品の“ふなみそ”を堪能。琵琶湖の寒ブナを水だけで長時間炊き、骨が砕けたあたりで味噌を混ぜて作るという。
「臭みもなく、ご飯にもお酒にもあって本当においしいんです。湖魚が“泥臭い”というイメージで敬遠され郷土料理も廃れていくとしたら、本当にもったいないこと。ただ、現代の人々にあうように変わっていくことは、悪いことではないと感じています。梓河内の“オコナイ”も、野菜でつくった男女のシンボルを飾るのをやめるなど、時代と共に変化しています。残しやすいように、こうした方がもっと楽しいかもということを取り入れて変化させることは、地域の食や文化を守るうえでも大切なのかもしれません」
■若者にウケが悪かった北関東の「シモツカレ」が…
大豆や塩サケの頭、大根などを酒かすと煮込んだ北関東の郷土料理「シモツカレ」は、強烈なビジュアルのせいか若者からのウケが非常に悪い。しかし、これを使ったビスコッティという焼き菓子が販売されるなど、形を変えながら受け継ぐ取り組みが行われているという。他にも、岐阜の「どぶろく祭り」、鹿児島の「茶節」、沖縄の「てんぷら」など全10件を紹介。
「私が食や文化を調べるときに活用しているのが、その地域の郷土資料館です。驚くほど詳しい資料がそろい、学芸員さんもとても親切です。これらの場所を訪ねて地域を知るのも、新しい旅の楽しみ方になるかもしれません」
(エイアンドエフ 1980円)
▽松鳥むう(まつとり・むう) 1977年滋賀県生まれ。イラストエッセイスト。離島とゲストハウスと民俗行事を巡る旅がライフワーク。「トカラ列島 秘境さんぽ」「島旅ひとりっぷ」など著書多数。雑誌「うかたま」で「日本あちこち食べ歩き郷土ごはん」を連載中。
◇「むう風土記」刊行記念トークイベント
日時:10月22日14:00~
会場:MUSMUS(東京都千代田区丸の内1-5-1 新丸の内ビルディング7F)
入場料:2000円(孟宗汁定食&1ドリンク付き)
予約先:muu_yorozuya@yahoo.co.jp