「本当の定年後 『小さな仕事』が日本社会を救う」坂本貴志著/講談社現代新書
社会保障や労働の専門家である著者が、統計データや豊富なインタビュー調査に基づいて、定年後の「仕事と暮らしのリアル」を描いたのが、本書だ。
かつて日本の社会保障制度は、定年後は年金を受給して悠々自適の隠居生活が可能になるように設計されてきた。しかし、著者は、もはやそんな選択肢はなくなったと断言する。年金だけでは、生活費が到底足りないからだ。実際、65歳男性の63%、70歳男性の46%がいまでも働いている。年金給付が削減されていく今後は、ますます働き続ける必要性が高まるだろう。
ただ、著者も指摘しているように定年を過ぎてもバリバリのフルタイマーとして仕事を続けることは、不可能に近い。そこで著者が提案するのは、月額10万円前後の「小さな仕事」を続けるということだ。著者は、そうした仕事の最大の目的が収入を得ることであることを認めている。ただ、お金のための仕事でも、6割の人が仕事に満足しているし、そうした小さな仕事の積み重ねが経済を回していく原動力になると言うのだ。
私自身は、著者の見立てと異なり、定年を迎えたら、さっさと仕事をやめて、人生の残り時間を楽しいことだけで埋め尽くした方がよいと言い続けてきた。ただ、そうした暮らしを実現するには、大都市生活を捨て、自給自足に近い生活を送るための環境と技術が必要になる。それは大きなハードルだろう。だから、将来、サラリーマンの定年後がどうなるのかと言えば、著者の言う働く老後を迎えるサラリーマンのほうが、ずっと多くなることは間違いない。大都市で長年積み重ねてきた地縁や生活パターンを捨てる勇気のある高齢者は、さほど多くないとみられるからだ。
そうした意味で言うと「ほんとうの定年後」という本書のタイトルには含蓄がある。
老体に鞭打って、死ぬまで働き、税金も社会保険料も死ぬまで払い続ける。そんな真面目で勤勉な大多数の人たちの不安を和らげ、少しでも幸せに生きられるようにするためのガイドブックとして、本書は大きな価値を持っている。都会に生涯住み続けたい人には、必読の書だ。 ★★半(選者・森永卓郎)