「太平洋食堂」柳広司著/小学館文庫

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 国家、あるいは政府に批判的な言論を封殺しようとする風潮はますます強まっている。

 いまから110余年前、この国では「天皇暗殺」の謀議をしたというウソをでっちあげられて12人の人間が絞首刑にされた。大逆事件である。これは特に西欧諸国に衝撃を与え、各国の知識人たちが「日本はいまだ野蛮な未開国家」と非難した。死刑執行前夜、それを主導した山県有朋以下、検事の平沼騏一郎らがあつまって乾杯したという。

 ベストセラー「ジョーカー・ゲーム」(角川文庫)の著者の柳は満腔の怒りをこめて、「国家に殺された」12人の1人の、ドクトル大石誠之助がどんな人間であったかを描く。12人の中には幸徳秋水や管野須賀子もいるが、ドクトルはとりわけ魅力的な人間だった。子どもが好きで、子どもにも好かれたドクトルは生まれ故郷の新宮にレストランとも集会所ともつかない「太平洋食堂」を開いた。その前に大石医院があり、貧しい人からおカネは取らないが、その分、金持ちからは多めに取るという診療方針を掲げた。

 平等をめざす者に権力者はたいていアカのレッテルを貼る。ドクトルは社会主義者であることを隠さず、4歳下の幸徳らとの交友を続けた。ドクトルはアメリカに渡って「王(支配者)なしでもこの社会はやっていける。それも、結構楽しくやっていける」ことを発見する。それは「紀州熊野方言に敬語なし」で育ったドクトルを元気づけた。

 山県有朋の過敏な社会主義者取り締まりに対して、同じ政友会ながら原敬は日記に「山県の陰険は実に甚しと云うべし」と書いているという。現在で言えば、菅義偉だろうか。その「陰険は実に甚し」である。

 亡くなった時、山県は国葬だったが、弔旗を掲げる家もほとんどないほど不人気だったらしい。その時、リベラルの元祖の石橋湛山は「死もまた社会奉仕」という痛烈な一語を送った。

 国家によって首を吊られたドクトルはまだ43歳である。どんなに可能性のある人間を殺したか。この「小説」を読めば、それは国家的損失だったと言いたくなるだろう。

 日本とロシアが戦争を始めて2年目の1905年ごろ、「日本国内では戦費調達のために『消費税』をはじめとする様々な名目で増税につぐ増税が行われ、諸式が高くなった」と書かれている。これはまさに「現在」を描いた作品である。

 ★★★(選者・佐高信)

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