「AAM AASTHA」シャルル・フレジェ著、神奈川夏子訳
「AAM AASTHA」シャルル・フレジェ著、神奈川夏子訳
中国を抜き、いまや世界一の人口といわれるインドでは、その8割、10億人以上がヒンズー教を信仰している。ヒンズー教の神々は、3300万もいて、その数はいまなお増え続けているともいわれる。
神々は、寺院や街角の祠などさまざまな場所に偶像として祭られる一方で、祭礼や宗教儀式、そして伝統芸能では、人々が神や英雄に扮し、演じ、踊る。
本書は、広大な国土を持つインドの各地で、そんな神や英雄に扮した人々を撮影したポートレート集。
インドにある28州のひとつ、北東端のミャンマーと国境を接するマニプル州では、ヒンズー教の神々の愛を表現する舞踊劇「ラース・リーラー」が盛んに上演される。劇はクリシュナ神に捧げられ、人々はクリシュナとその恋人ラーダ、そしてゴピ(信奉者)に扮して輪になって踊る。
祭りの基本的な理念は、ほかの地域と変わらないが、マニプルでは衣装や音楽が先住民族文化独特のものだという。
例えばゴピの衣装は、微細な模様で彩られ、ぴんと張った円筒形のスカートにモスリンのブラウス、そしてベールで顔を隠しており、我々が抱くインドのイメージとはかけ離れた装いだ。
東部アッサム州では、ヒンズー教の教典にもなっている叙事詩「ラーマーヤナ」のエピソードを音楽劇にした「バーリー・ガーン」が仮面をかぶった男たちによって演じられる。
中には100年余り前につくられたものもあるというその仮面の表情は、今風に表せば「グンニャリ顔」とでもいえばいいのだろうか、何ともユニークだ。
ヒンズー教の3柱の主神のひとつシヴァや、その妻の一柱で戦いの女神カーリー、そして象の頭を持つガネーシャや、神話に登場する神猿ハヌマーンなど、お馴染みの神々も、土地によってさまざまに表現される。
デリーの「ナヴラートリ祭り」の女神カーリーへ捧げる祈り「ジャグラン」では、カーリーの演じ手たちは側面にそれぞれ異なる数の「生首」をつけたそびえ立つような冠をかぶっている。
破壊の神カーリーは、同時に人々の保護神でもあり自然や時間の化身でもあるそうだ。
ほかにも、ウッタルプラデシュ州でクリシュナとラーダの恋物語から生まれた舞踊に登場する背中にクジャクの羽根をつけた踊り手や、シヴァの息子であるムルガム神が悪魔の大軍に勝利したことを賛美するタミル・ナードゥ州の「タイプーサムの祭り」で神への献身を表現するために体に突き刺した針や串でみこしを支え踊る信奉者「トール・カヴァディ(重荷)」など。
広大な国土に暮らすインドの人々は、同じヒンズー教を信仰しながらも、それぞれの土地で独自の信仰文化を培い、その結果が祭りや伝統芸能の装束にも表れる。
神話をもとに人々の想像力と風土が生み出したさまざまなスタイルと、彼らが発するエネルギーに圧倒される。
インドの信仰文化の深淵がのぞける作品集だ(写真は全て(C)Charles Fréger)。
(青幻舎 4400円)