「母の最終講義」最相葉月著

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「母の最終講義」最相葉月著

 日本の要介護認定者は682万人(令和3年)で、介護保険の導入により公的サービスが拡充されつつあるが、在宅で介護を受けている高齢者のうち、主たる介護者が親族である割合は約7割。国民のおよそ20人に1人が家族介護者とされている。文筆を生業として30年になる著者は、その歳月のほとんどを家族介護者として暮らしてきた。

 母親が若年性認知症になったのは著者が20代のとき。以来、神戸の実家と東京を往復する遠距離介護が始まる。しかし、著者が母親が発病したのと同じ年齢を迎える頃、遠距離介護の限界が訪れる。介護サービスを受けられない空白の時間帯にトラブルが頻発するようになったのだ。

 そこで自宅近くの介護ホームに母を入居させる。介護劇場第2幕の始まりだ。そこで思う。もし自分が母親と同じく二十数年間、自分の足で外出できず、友達もおらず、食べたいものを食べられず、読みたい本を読めず、人の世話になるばかりの時間が続いたとしたら……。だが、母はそのぞっとする時間を生きてきた。この日々は母が私に与えた最後の教育ではないか--。

 その間、父親ががん告知を受け、「余命」という父の時間にも併走してきた。手術で舌と声を失い、食事も流動食しか食べられない。言葉を話せぬもどかしさが精神をむしばみ、家中に鬱屈が蔓延する。父もまた身をもって講義を授けたのだろう。こうした経験を通じて著者は思う。介護には現場の人々が試行錯誤を繰り返しながら編み出した優れた技術がある。そうした技術を家庭や施設内に閉じ込めずに公的財産とすれば、介護全体の底上げになるだろう、と。団塊の世代が後期高齢者となる2025年問題を目前に控えている現在、貴重な提言だ。

 本書には、そのほか、この30年の間に書いてきた本にまつわるエッセーも収められており、著者の仕事の舞台裏も垣間見せてくれる。 〈狸〉

(ミシマ社 1980円)

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