食を究めるには文化から!食欲と好奇心を刺激する本特集
「教養としての和食」江原絢子監修
長かった今年の夏。内臓も心も疲れ果ててしまった読者も多いのではないだろうか。秋は、食欲の季節であると同時に読書にも最適。身近な和食からギリシャの朝食まで、食欲と知的好奇心の双方を刺激する一石二鳥の本を4冊ご紹介。
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「教養としての和食」江原絢子監修
「日本の方は、自国の文化の魅力やその理由を説明できる人が少ないように感じます」
著者は、和食のシンポジウムに参加した際、日本に長く滞在するフランス人の発言が強く印象に残った。誰もが持つべき教養として、あらためて「和食」とは何かを考えることに必要性を感じたのだ。そばやにぎり寿司などの和食を支える重要な調味料といえば「醤油」。実は、醤油を用いた食文化が完成したのは大量生産が確立された江戸時代で、それ以前は貴族などの上流階級のみが味わえる貴重な調味料だった。醤油は、もともとは穀類の塩漬けや味噌を製造する際の副産物として誕生したため、収量が少なかった。平安時代の貴族の供宴での食事法は、塩や酢を食材につけて食べる形式が一般的で、醤油が振る舞われたのは上客に限られていたという。
そのほか、「ポルトガルのフリッターに近い長崎テンプラ」など郷土料理の歴史から戦後に見直されたタンパク質・脂質不足の食生活まで、和食を巡る教養を網羅的に紹介。 (山川出版社 2200円)
「ほろ酔い『シネマ・カクテル』」武部好伸著
「ほろ酔い『シネマ・カクテル』」武部好伸著
19世紀から20世紀初頭にかけて製氷技術が普及し、容易に氷を使えるようになったことで誕生した今日のカクテル。その時代が、映画が発明されて普及した時期と符合し、登場人物を際立たせる小道具として使用されたことで、カクテルと映画は切っても切れない存在となったのだ。
“カクテルの王様”と呼ばれるマティーニ。スパイ映画「007」シリーズの主人公、ジェームズ・ボンドが愛飲するのは、マティーニの中でもダンディーで渋さが引き立つ「ウォッカ・マティーニ」だ。シリーズ第1作の「ドクター・ノオ」では、「ボンドの情報が、愛飲酒に至るまで敵に筒抜けになってしまっている」ことを表す小道具としてウォッカ・マティーニが登場。当然グラスに口をつけなかったが、大好きなカクテルとこんな形で出合うのは本人も遺憾だっただろう。
ほかにも、禁酒法時代が舞台の「華麗なるギャツビー」でレオナルド・ディカプリオが注文するトロピカル・カクテルなど、40の名画を彩る名脇役たちをマニアックに解説。
(たる出版 1980円)
「世界の料理365日」青木ゆり子著
「世界の料理365日」青木ゆり子著
10月26日は、シャルル・ドゴールに次ぐ戦後フランス最後の「国父」として再評価されているフランソワ・ミッテラン仏大統領(在任1981~95年)の誕生日。大統領は美食家として知られ、仏大統領官邸初の女性専属シェフとのふれあいを描いた映画「大統領の料理人」でもそのエピソードが描かれている。
数々の料理が登場する当作品で著者が特に印象的だったのは、パイとシュー生地にクリームをのせた素朴なお菓子の「サントノーレ」。「おばあちゃんの味だ!」と大統領は歓喜。生活保護や年金の充実などの社会制度を実現させた希代の政治家も、最後は故郷の家庭的な味に回帰した感動するシーンであると分析する。
10月27日はギリシャ第2の都市・テッサロニキの守護聖人・聖ディミトリオスの祝祭日にちなんで、かの地定番の朝食「ブガッツァ」を紹介するなど、世界各国の宗教や音楽まで知的好奇心が刺激される食の歳時記。 (自由国民社 1980円)
「知っておきたい!中国ごはんの常識」マルゴ・ジャン文 ジャオ・エン・ヤン絵 広野和美訳
「知っておきたい!中国ごはんの常識」マルゴ・ジャン文 ジャオ・エン・ヤン絵 広野和美訳
中国文化において食事は、社会に溶け込んで人々と交わり、相手に愛情や尊敬の念を伝える役割を担っている。そのため、レストランでの豪華な食事でも家庭の簡単な食事でも、必ず“調和”が大切にされる。
この調和を重んじる食文化の根底にあるのは、道教思想の「陰と陽の原理」。「月と太陽」が対をなすように、あらゆる食材にも両極をなすものが存在するという考え方だ。たとえば、女性的な“陰”の食材には野菜や果物などの食材が該当し、一方で男性的な“陽”の食べ物には揚げ物や肉料理が対をなしていると考えられている。レストランで冷たい最初の一品が提供された後に蒸し料理などの温かい食事が用意されているのは、食材の“陰と陽”に細心の注意が払われているためなのだ。
ほかにも北京ダックの歴史から、中華鍋のお手入れまで、知っているようで知らない中国の食文化のすべてがわかるビジュアルブック。 (原書房 1980円)