人生の岐路を描く小説特集
「ロブスター」篠田節子著
明日も今日と同じ日が来ると思っていたのに、突然、まるで違う明日がやってくることも、人生にはある。「明日はどっちだ!」と叫びたくなるとき、人はどんな決断をし、どんな行動をとるのか。
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「ロブスター」篠田節子著
パッとしないフリージャーナリストの寿美佳はトラックで「デッドエンド」と呼ばれるオーストラリアの鉱山に向かっていた。気温が60度を超える過酷な地だ。鉱山から逃げだそうとしてトラックに飛び乗ったものの、炎天下で命を落とした者もいる。寿美佳のタブレットの位置情報が不意に消えた。ここでは普通の通信機器は使えない。莫大な金を生む鉱山では、通信が厳しく管理されているからだ。
ひきこもりの日本人労働者や海外の政治犯がここで強制労働をさせられているといわれ、寿美佳はその一人であるクセナキス博士の妻から夫の救出を依頼されたのだ。博士は時代が逆戻りしたような州法により訴追されてオーストラリアに逃れた。寿美佳はジャーナリストとして名を上げるため、この依頼を引き受けたのだが、やがて出会った博士たちは寿美佳に思いがけないことを語る。
さえないジャーナリストが過酷な地で出会った真実を描く。 (KADOKAWA 1980円)
「誰もが別れる一日」ソ・ユミ著、金みんじょん、宮里綾羽訳
「誰もが別れる一日」ソ・ユミ著、金みんじょん、宮里綾羽訳
一緒に旅行に行った夫が失踪した。昨夜、日の出を見て、雪岳山の飛仙台を見に行くと言ったので、一人だけの時間を邪魔しないようにしたのだが、その後、電話はつながらず、連絡もない。
夫の勤務先のイ課長から「出勤もせず携帯も切られていますが、キム課長に何かあったんですか?」と問い合わせがあった。夫と一緒に外回りをしていたというパク代理が、夫が仕事熱心だと話したが、それは自分の知っている夫ではなかった。今回は結婚して10周年記念の旅行で、「私たち、帰ったらもっと幸せになろう」と言ったのに。
女は夫のことを気に掛けながらも、イヤリングの片方をなくして、チェックアウトのとき、そのことを伝えた。後日、ホテルからイヤリングが見つかったと連絡があった。だが、夫は帰ってこない。(「後ろ姿の発見」)
貧困、失業、離婚など、突然訪れる人生の変化を描いた6編のリアリズム小説。 (明石書店 1870円)
「地獄の底で見たものは」桂望実著
「地獄の底で見たものは」桂望実著
由美は25歳で結婚し、それから28年間、専業主婦の生活。食器棚のガラス扉に顔が映っている。老けた──。
午後7時半、夫の雅規が帰宅した。雅規は直立不動の姿勢で言った。「話がある。離婚してほしい」。好きな人がいると言われて、由美は頭が真っ白になった。結局、由美は雅規と別れ、家を売って引っ越した。仕事を探すことにしたものの、職務経験は28年前の5年間だけで、何の資格も持っていない。ハローワークで見つけた会社の面接を受けたが、担当者はあきれ顔だ。
なんとか化粧品会社のコールセンターの仕事を見つけた。研修でタイピングのテストを受けたが、ヘッドホンから流れる音声が速くてタイピングが追いつかない……。
ラジオ番組を降ろされたフリーアナウンサー、オリンピックを目指して頑張っていたのに教え子に逃げられた競泳のコーチなど、突然落とし穴に落ちた人たちが、新しい人生を切り開く姿を描く。 (幻冬舎 1760円)
「青い絵本」桜木紫乃著
「青い絵本」桜木紫乃著
漫画家のアシスタントとして背景を専門に描いている美弥子。2年間の連載も最終回を迎えてホッとしたころ、メールが届いた。「高城好子」からだ。好子は美弥子の父の3人目の妻で、10歳からの3年間、美弥子の母だった。今は絵本作家として活躍しているが、すこしぼんやりしたいので、北海道旅行に付き合ってほしいという。北海道は好子が人生の活路を求めて渡った地で、その地で絵本作家「たかしろこうこ」として生まれ変わったのだ。
久しぶりに顔を合わせた美弥子は言葉を失った。まだ65歳なのに、好子は老婆のように老けていた。2人が着いたのは、小高い地に立つ高級なヴィラ。客室でシャンパンを飲みながら、好子は「最後の絵本なの。手伝ってくれないかしら」と頼み、線よりも色が主体の絵本で、タイトルは「あお」だと説明した。(表題作)
喪失と再生を描く5編の短編。 (実業之日本社 1540円)