金子ノブアキ演じた藤田嗣治とオペラ歌手・三浦環を結ぶ線
だが、実際の環と藤田が欧州で出会っていたかとなると、いくら資料を調べても、接点を見つけることはできなかった。ただ、顔を合わせる機会はなくても、藤田が環の存在をいち早く知っていたのは想像に難くない。藤田よりずっと先に表舞台に登場しているからだ。
ロンドンのオペラハウスで環が初めて蝶々夫人役を演じたのは1915年。たいへんな喝采を浴びた。そのころ、パリのモンパルナスで暮らしていた藤田は困窮にあえいでいた。第1次世界大戦の影響で日本からの送金が途絶えてしまったのだ。寒さをしのぐために、絵を描いたキャンバスを燃やして、暖をとったこともあったという。2年前に欧州に来てから、まだ、藤田の絵は1枚も売れていなかった。
「エール」の中では、もしこのころに2人が出会っていたらと想像しながら、筋立てが練られたのだろう。大舞台のヒロインに抜擢された恋人に、無名の絵描きが嫉妬する。ひとつ間違えば陳腐な話におちいってしまうところを、柴咲の透き通るような美しさと、抑えた金子の渋い演技が視聴者を引きこんでいく。
なお、現実の藤田は2年後の1917年、初めて絵が1枚、売れると、徐々に注目を集めだし、パリで彼の名前を知らぬ者はいなくなった。個展を開くたびに黒山の人だかりがでるようになり、時代の寵児となっていくのである。