大コメ騒動の本木克英監督「混迷する時代こそ女性の組織」
8日公開の井上真央主演作「大(だい)コメ騒動」は何かと鬱陶しいマスク越しでもクスッと笑えて、スカッとした気分になれる一本だ。1918(大正7)年に富山で起こった「米騒動」をもとに、家族に米を食べさせるために奮起する漁師町の女性たちを描いている。メガホンを取った本木克英監督(57)は“着想から20年”を経て娯楽映画として昇華させたが、100年前を描いているにもかかわらず、社会の混迷ぶりは現代とソックリで……。
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富山の米騒動は貧しい生活を強いられている“おかか(=女房)”たちによる嘆願運動だった。それを地方紙はもちろん大阪朝日新聞、大阪毎日新聞といった大手メディアが〈越中の女一揆 勃発〉などとキャッチーな見出しをつけて取り上げ、インフレや貧困格差に苦しむ庶民の怒りの導火線に火をつけたのだ。騒動や暴動は瞬く間に全国へと連鎖。時の寺内内閣を総辞職に追い込むまでに発展した。
富山で生まれ育った本木監督にとって、米騒動を題材に映画を撮るのは必然だったのかもしれない。しかし、暗い側面をもつ史実を取り上げるのは、決して容易なことではなかったようだ。
「米騒動を映像化した作品はいくつかあるのですが、いずれも深刻な社会状況、格差、貧困の問題を真正面から取り上げたものが多いんです。それはそれでとても意義のあることですが、興行面を考えれば広がりを期待できない。米騒動の真意は保ったまま、エンターテインメントとして面白く描くにはどうしたらいいのか。その課題をクリアにしたのは、おかかたちのリーダーである『清(きよ)んさおばば』の造形でした。観客が『主人公たちはつらい生活を強いられている』『歴史を勉強しなきゃいけないな』と構え始めるところで、おばばが登場し流れを変える。破壊力のあるキャラクターはとても重要でしたね」
破壊力のあるキャラ×ベテラン女優の怪演
たしかに、おばばに扮する室井滋の風貌は、見る者の心をざわつかせる。髪を振り乱し、金歯むき出しで富山弁をまくし立てる姿は一瞬、見てはいけないものを見てしまったような気持ちにもさせるが、その鬼気こそが度重なる米の価格高騰や不当な扱いに苦しむ立場のリアルな叫びとして見る側に訴えかけてくる。本木監督は「おばばを登場させることで娯楽性を担保させる自信が持てた」と言うが、ベテラン女優の怪演は「想像をはるかに凌駕した(苦笑い)」と振り返るほど、強烈ではあったようだ。
本作の井上演じる主人公は、誰もが無条件で憧れるような偶像化されたキラッキラのヒロインではない。最初は周囲の顔色を伺うばかりだったが、おかかネットワークの中で揉まれていくうちにたくましさを培い、やがて次世代のリーダーとしての片鱗を見せ始める。本木監督は「超高速!参勤交代」(2014年)、「空飛ぶタイヤ」(18年)などで映画賞を獲得、ヒット作を世に送り出しているが、女性を主人公とした作品は監督デビュー作となった小林聡美主演「てなもんや商社」(1998年)以来、遠ざかっていた。
松竹入社後に師事したのは、木下恵介や勅使河原宏ら女性を活写することに秀でた監督ばかり。「もちろん薫陶を受けているので、最も難しいと仰っていたコメディーで女性を描きたいという思いはずっとあったんですが、僕は女性の気持ちにものすごく敏感なタイプではない。それに強い女性に振り回される男を描くことも割と好き」と、はにかむような笑顔を見せる。
100年前から変わらない貧困、階級間格差…
米騒動が起こった当時、社会が抱えていた貧困や男女差別の問題、階級間格差は100年が経った現代も根強くある。当時はスペイン風邪が大流行し、いまは新型コロナウイルスが猛威を振るう。その後日本は大正デモクラシー、言論弾圧、そして無謀な戦争へと向かっていった。
「戦争を経験した監督の先人たちは『勇ましい言葉やスローガンは疑ったほうがいい。それが破滅や悲劇を生んだ』とおっしゃっていたが、『大コメ騒動』を作って確信したのは、混迷する時代は女性のネットワークに委ねたほうがいいということ。いまの政治を見ていてもそうですが、男がしゃしゃり出て地位や名誉やプライドなどを振りかざすと大抵よからぬことが起こるんです。その点、女性はコミュニケーション能力にたけているし、いったん本音や本心をさらけ出したうえで力を合わせるから強いパワーを秘めた絆が生まれる。最強じゃないかって思うんですよね」
映画はエンタメだ。本木監督は「繰り返される歴史が教えてくれる人間の愚かさをむなしいと思うだけでなく、面白いという感情とともに伝わってくれるといい」とも話す。
受け手となる我々は、作り手の思いをそれぞれに受け取り、行動を起こす原動力にすればいいのだろう。
(取材・文=小川泰加/日刊ゲンダイ)
▽もとき・かつひで 1963年生まれ、富山県出身。早稲田大学政経学部卒業後、松竹に助監督入社。米国留学、プロデューサーを経て、「てなもんや商社」(1998年)で監督デビュー。主な作品は「釣りバカ日誌」シリーズ11~13、「超高速!参勤交代」(2014年)、「空飛ぶタイヤ」(18年)、「居眠り磐音」(19年)など。