<67>「気を付けてね」笑顔で見送るドン・ファンと永遠の別れ
そんなことをボーッと思っていたが、いやいや、人間だって社会という檻の中で生活しているんじゃないか、と気が付いた。上から目線で同情するのは滑稽だろう。
裁判所の執行官は予定の時刻になっても姿を見せなかった。社長が電話連絡を取ると、なんと執行官が日付を間違っていたことが分かり、この日は延期されることになった。
「ったく、しょうがないですね」
私は笑うしかなかった。ドン・ファンも怒ることもなく、老婆との会話を楽しんでいるように見える。
「ほんじゃあ先に帰りますね」
私はドン・ファンに軽く挨拶をしてマコやんが運転する車に乗り込んだ。JRの紀伊田辺駅まで送ってもらい、そこから東京に戻る予定だった。
「気を付けてね」
木の枝を杖代わりにしていた社長が笑顔で見送ってくれた。これが永遠の別れになるとは、全く想像もしていなかったのである。 =つづく