野木亜紀子と松岡茉優 二つの弩級の才能が起こす化学反応
松岡茉優演じる主人公キーは元キャバクラ嬢にして現在は月刊誌ライター。と書けば「そんな転身あるわきゃない」とか、逆に「あー、ドラマにありがち」という容赦ないツッコミが入りそうだ。じつは観はじめたときのぼくもそのひとり。でもキーの経歴に象徴されるすべての設定には真っ当な理由と必然性があった。登場人物たちの勇気と弱気、良心と邪心、誠実さと小狡さ……野木はその両端、いわば白黒を明示することを厭わない。肩の凝らないエンタメづくりに従事する者として最低限の責務を果たすかのようだ。
だが同時に、両端の間に横たわる巨大なグレー領域のグラデーションを細やかに、それは細やかに描いてもいく。あまりの丹念さは説明臭が発生する危険性を孕んでいるが、そうはならないという強い自信も感じる。俳優への絶対的信頼に依拠するものだろう。例えば、宮本エリアナ(初ドラマとは信じがたい達者さと存在感だ)演じるブラックミックスの桜が複雑な出自を語る場面がある。注意深く聞いていたキーは、話が終わると反応に困ったように視線を泳がせる。絶妙に中途半端な作り笑いで、沈黙を回避するかのようにボソボソと「詳しくありがとう」と言い、これまた中途半端に会釈する。その贅肉のないセリフと精密な演技は、〈説明〉を〈リアリティ〉へと反転させるにふさわしい。
野木亜紀子と松岡茉優という二つの弩級の才能が起こす化学反応。『フェンス』、必見である。