大人の恋愛を構成するものは、恋愛感情だけではない。だからおもしろい
彼は3月にツイッター(現X)でなんとも思わせぶりな新作予告をつぶやき、ぼくの期待を著しく膨張させた。
「いま十年ぶりに長編の恋愛小説を書いているのだが、恋愛小説を書くことのたのしさを久々に思い出して、十年以上も封印していたのは一体なぜだったのだろうと不思議な気がしている」
それこそが、先ごろ出たばかりの書き下ろし新作長編『かさなりあう人へ』(祥伝社)である。タイトルにぴんと来た方は真性ファンでしょうね。2009年の直木賞受賞作『ほかならぬ人へ』を意識しているのは明らかなので。代表作のひとつとの比較を誘発するような書名からは大きな自信を感じるし、挑発的でさえある。〈恋愛小説を書く白石一文〉の帰還に、まずは心からの快哉を叫びたい。
書き出しからいきなり引き込む。スーパーの駐輪場で無防備に立っていた〈俺〉は、〈女〉から「あなた」と鋭い声で呼び止められる。ふたりが夫婦でも恋人でもなさそうなことに、読者はいささかの違和感を抱く。〈女〉の隣には正体不明の中年男が寄り添っているし。にも拘わらず〈俺〉は「何となく状況が察せられた」。