急逝した桂雀々さんの思い出…「笑いの神様」に守られた“持ってる人”だった
昔話を聞いてダイマル・ラケット師匠を「あの漫才だけは笑わせてもらいました」という言葉の意味にも合点がいきます。私も17歳から23歳まで入院・療養を繰り返し、漫才を見聞きする時だけ笑っていた時があったので、自分と重なるところがありました。闘病時代の話をしている時、「ぽんちゃんも大変やってんな。やっぱり何があっても生きてんとあきまへんな」と、じっと目をそらすことなく、涙ぐみながら温かく包み込むように話を聞いてくれていた姿が忘れられません。
芸人さんとしての雀々さんはオイシイところをかっさらい「持ってるな~」と思うところがよくありました。
テレビの生放送で、風船にもぐさをつけ、誰のところで割れるか「もぐさ風船」ゲームをやりました。もぐさが燃え尽きて、いよいよ風船が割れる(!)という時、じゃくさんの番になり、風船を持った瞬間“バーン!”と割れると思ったら、穴が開いて“シュ~”とすぼんでいったのです。割れる恐怖に顔を背けていたのに、風船は気の抜けたオナラのように小さくなり……「こんなことあるー!?」と叫んだじゃくさんのアップでCMへ。「笑いの神様」に守られていたとしか言いようもない絶妙なタイミングのCM入り。スタジオでは出演者も観覧客も拍手喝采で大爆笑でした。共演者からは「おまえ持ってんな~! あんなことないぞ!」と一斉に声が上がりました。