和歌山毒物カレー事件の真相に肉薄した『マミー』 死刑囚・林眞須美は真犯人なのか?

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「マミー」3月16日(日)大倉山ドキュメンタリー映画祭で上映

 この映画は昨年8月に公開され、小規模に上映されてきた。3月16日(日)、横浜の大倉山ドキュメンタリー映画祭で上映される。二村真弘監督のトークショーも開催される予定だ。

 本作を初めて見たとき筆者は自分の不明を恥じた。この事件についてあまりにも無関心だったからだ。

 1998年7月、和歌山市園部の夏祭りで提供されたカレーにヒ素が混入。67人がヒ素中毒を発症し、子供を含む4人が死亡した。世にいう「和歌山毒物カレー事件」である。

 マスコミが大挙して押し寄せ、連日に渡って熱狂的な報道合戦を展開した。やがて林眞須美という女性が怪しいとの情報が広がり、マスコミは彼女の家の塀越しにカメラを向けた。ホースを手にした眞須美が笑顔で報道陣に水を浴びせる場面も報じられ、彼女は世間の反感を買うことに。そあげく犯人として逮捕された。

 裁判では検察側が膨大な状況証拠を積み重ね、眞須美は有罪となった。本人は罪を認めず無罪を主張したが、2002年の一審判決は死刑。2009年、最高裁で死刑が確定した。今も眞須美の弁護団は無罪を求めて活動。支援団体「あおぞらの会」もビラ配りなどを続けている。

 事件当時、筆者は夕刊紙の編集部に記者として勤務していた。だが事件報道は専門外だったため深くは考えず、「林眞須美が犯人なのだろう」という先入観を抱えたままだった。

 ところがこの「マミー」を見て脳天にくい打ちを喰らった。「本当に眞須美が犯人なのか」「自白もしていない者を死刑にしていいのか」という疑問が沸き起こった。劇場を出たときは頭の中が半ばパニックだった。筆者のように漠然と「眞須美が犯人」と思い込んでいる人は少なくないだろう。そうした人はぜひ本作を見て欲しい。

 本作は二村監督が事件の関係者たちに肉薄したドキュメンタリー。現場周辺の住人、フリージャーナリスト、新聞記者、科学者、眞須美の長男、そして眞須美の夫の林健治など事件を知る多くの人が登場する。

 映画は園部の海の俯瞰撮影から入り、住民への聞き取りを始める。「知りません」「知ってるところに聞いてください」。どの家もインタホン越しに門前払い。人々は事件から逃れようとしている。悲劇を忘れてしまいたいのだろう。凄惨な事件を町の恥だと思っているのかもしれない。その気持ちはわからぬではない。

 だが取材が進むうちに捜査の杜撰さが表出してくる。そのひとつがカレーを料理していた民家のガレージ。ここで眞須美は一人で鍋の番をしていたとされている。その姿をガレージの向かいの家の娘が見ていたことは眞須美犯人説の大きな補強材料となった。

 だがスクリーンに登場する眞須美の長男の目撃証言によれば、当日は眞須美の娘もその場にいたという。眞須美は白いシャツを着て首にタオルを巻いていたされるが、長男が言うにそれは娘の服装だった。しかしその証言は彼が身内であるがゆえに採用されなかった。

 さらに不可解なことがある。向かいの家の娘の証言が変遷していたのだ。最初は自宅の1階から眞須美を見たとしていたのが、2階から見たという証言に変化した。

 また、目撃談では眞須美がカレーの鍋のふたを開いた際に髪が鍋のふちに触れそうだったとしているが、当時の眞須美はショートカットのため、鍋に毛髪は届かないはずだとの反証も紹介される。本当に眞須美は鍋のふたを開いたのだろうか……。こうしたことから、捜査側が眞須美を犯人に仕立て上げようとしたのではないかというのだ。

 このように映画は開始10分から先入観を覆す検証を次々と突きつけてくる。あまりの急展開に眞須美犯人説を思い浮かべていた筆者は頭の中が混乱してきた。と同時に、前述したように己れの不明を恥じた。これまで友人らとの集まりで冤罪の恐ろしさを口にすることが多かったにも関わらず、和歌山の事件の不自然さを知らなかった。まがりなりにも記者なのに。何度も言うが恥ずべきことだ。

 そんな筆者の自省の念も顧みず、映画は事件の核心にずかずかと踏み込んでいく。犯行に使われたとされるヒ素の鑑定もしかり。理化学研究所の施設を使って行った東京理科大教授の鑑定によると、犯行に使われたヒ素と眞須美の自宅で見つかったヒ素は同一の起源を持つ。同じ成分だから、眞須美が怪しいというのが検察側の主張となった。

 これに対して弁護側が依頼した京大の教授は「コイン投げのようなもの」「もう一度鑑定する必要がある」とこの分析結果に異を唱える。そもそも事件当時、和歌山市内には海外から輸入された大量のヒ素が存在した。シロアリ駆除に使われていたからだ。実際、林家以外にもヒ素を所有している家はあった。だが捜査員は調査しなかったという。

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