『陽が落ちる』切腹を命じられた武士の最期に封建社会の不条理を味わう
竹島由夏にとって一世一代の名演技
伝兵衛の歌を聞いて夫の切腹を知る妻。妻の口から自分の処遇を聞かされて愕然とする夫。2人の間を残酷な現実が侵食していく。
久蔵がしでかした落ち度は、弓の弦を切ってしまったというだけである。悪意のない職務上のミスだろう。その程度のことで腹を切らなければならない。久蔵と良乃の驚愕と失意に、観客は武家社会の非情さを感じ取ることになる。人によっては恐怖さえも覚えるはずだ。
この容赦のない決定はおそらく、見せしめだろう。人権意識の希薄な封建時代はいとも簡単に人命を奪った。理不尽である。
だが逆らうことはできない。夫婦は残されたわずかな時間を豊かなものとするべく、ささやかな食事を用意し、酒を楽しむ。一人息子の駒之助には仔細を知らせず、久蔵は苦悩しながらもうつし世に名残をつげる。良乃は心やすらかに夫を送り出そうと努める。
主人公の良乃を演じる竹島由夏の演技が素晴らしい。まるで本物の武家の妻のように清楚で慎ましく、ときに気丈な表情で物語を引っ張っていく。まるで能楽師のような乱れのない所作。屋敷内をおごそかに歩き、ひざまずき、両手をついて辞儀をする姿のひとつひとつが完成されている。
その安定した表現力に観客はいにしえの女性の可憐さを見る。可憐さは哀切に連動する。夫を愛おしそうに見つめる良乃のまなざしが限りなく哀しい。切腹を見届けるために参上した目付役に対する目には、凛とした憤怒が宿っている。竹島由夏にとって一世一代の名演技。ぜひとも劇場の大画面で見ていただきたい。