<第18回>体重は32キロにまで激減し「生きていくために薬を飲む」生活
「それが出来れば病気はとっくに治っている……」
小声でつぶやいても、周囲は理解してくれません。
7月に入ると母や精神科の専門医は入院を強く勧めてきました。
追い打ちをかけるように、母は「スケートも学校もやめて構わない。とにかく普通の女の子として生きてくれればいいから」と何度も言うようになりました。私の気持ちを少しでも和らげようとしていたのでしょう。
けれど、私にとってスケートは幼い頃からの生きがいであり、目標。それをやめろと言われれば、今後は何を目標に生きていけばいいのか。
心身共に絶望感を感じ始めていた7月下旬のある日。意を決して母に思いの全てを伝えました。
「私は最終的にこの病気を克服して、スケートを滑れるようになりたい。入院したら生きる目標がなくなる。少しずつ治していきたいから、この現状をわかってほしい」
どのくらいの時間、話し合ったか覚えていません。でもこの時、母がようやく私の気持ちを心から受け入れてくれたことだけは鮮明に記憶に残っています。