燕ドラ1竹下真吾を育てた「祖母の夕ごはんと祖父の眼差し」
静まり返っていた社内が一転、歓声と拍手に包まれた。社長が眞弓さんのところに飛んできて握手をしながら、「指名されてよかったね」と我が事のように喜んでくれた。
しばらくして携帯に着信があった。竹下からだった。
「ヤクルトに1位で決まったよ」
「おめでとう。ホントよかった。安心した……」
眞弓さんはこみ上げるものを抑えられなかった。これまでの24年間が、走馬灯のように脳裏に浮かんだ。
■母親は手作り誕生日ケーキをプレゼント
90年10月、竹下家の第2子として真吾が誕生した。父は社会人野球でプレーしていた野球エリートだった。
しかし、竹下が1歳半の時、眞弓さんは竹下の2歳上の姉・沙織さん(26)と3人で北九州市の実家に戻った。数年後に離婚。今も父とは直接連絡を取り合うことはないという。母は実家で、祖父母の助けを借りながら、2人の子供を育てた。
野球を始めたのは祖父母の影響が大きかった。祖母のエラさん(84)は、保育園から帰ってきた竹下からねだられると、キャッチボールをして遊んだ。眞弓さんが夜遅くまで仕事をしていたから、夕食はエラさんが作った。アゴ(トビウオ)などが入った「特製ダシ」が決め手の寄せ鍋やそうめん、土瓶蒸し、アジの刺し身などが食卓に並んだ。ネギは苦手でも、それ以外は何でもぺろりと平らげた。