他人の評価に振り回されない勇気…「認められたい欲求」が人に迎合し、やがて信頼を失う
他人の価値を正しく評価できない
人生において自分自身を「特別な存在だ」と思うか、あるいは「思っていたより普通かもしれない」と思うか。
「特別でなければならない」という考えを持っている人は、常に他者と比較している。自分の仕事の価値や自分の能力を認められたいという考えも強い。ただ、評価は価値を正しく評価しているわけではない。
アドラー心理学の第一人者で哲学者の岸見一郎氏が「特別になろうとしないが、同じでもない」生き方を探った新著『「普通」につけるくすり』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。
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自分の仕事の価値や自分の能力は他の人に認められなければならないと考える人は、そう考える理由があります。
自分は有能であると思えたら、仕事に取り組む勇気を持てます。しかし、結果が出ることを恐れる人は仕事に積極的に取り組もうとはしなくなります。積極的に取り組まない人は、もっと頑張っていたらいい結果を出せたと言いたいのですが、自分ではそう考えることで納得できたとしても、高い評価を得ることはできません。
他方、結果を出そうとする人がいます。そのような人が仕事に取り組むためには、自分が有能であると確信する必要があります。最初からいつも望む結果を出せないことはありますが、自分が有能であると確信するために他の人からできると認められる必要はありません。しかし、自分では確信できない人は、他の人に有能だと認められることで自分が有能であると感じようとします。
しかし、有能であることをことさらに他の人に印象づける必要はありません。アドラーは次のように言っています。
「何かを証明しないといけないと感じる時は、いつでも行き過ぎる傾向がある」(『子どもの教育』)
順序が逆なのです。いい結果を出せば認められますが、実績もないのに認められようとするのは無理があります。
他の人が正しく仕事の価値を評価しないこともあります。自分の仕事や作品だけでなく、自分自身が人からどう評価されるかを気にする人もいます。しかし、誰かから「あなたはいやな人ね」と言われたとしても、それはその人による評価でしかなく、その人の評価によって自分の価値が下がるわけではありません。
反対に、「あなたは素敵な人ね」と言われると舞い上がるような気持ちになるかもしれませんが、それもその人による自分についての評価でしかなく、その評価が自分の価値を高めるわけではありません。