「パタリロ!」(既刊104巻)魔夜峰央作
「パタリロ!」(既刊104巻)魔夜峰央作
頭のなかで「パパンがパン」とクックロビン音頭がときどき聞こえてくる。還暦まで半年に迫った今でもだ。
高校2年のとき、まさかのアニメ化がなされた。忠実な世界観の再現、声優のマッチ度。マニアにとっては歓喜、随喜、滂沱(ぼうだ)の涙と鼻水であった。
しかしマニアだけの世界なのに、当時高校の応援団員であった私は体育館の壇上でクックロビン音頭を踊ってしまい、全校生徒を静まり返らせてしまった。それほど好きなのだ。
普通、漫画家の天才度は「画力」「物語力」「キャラクター力」の3つの要素で測られる。このうち1つでも抜きんでれば天才と呼ばれる。しかし魔夜峰央は3つどれもが飛び抜けており、だからこそ「パタリロ!」は読者を飽きさせず、1978年から半世紀近くも続くお化け連載になっているのである。
この作品、信じられぬほどの魔夜峰央のレベルの高さによって日本社会に大きな役割を果たした。同性愛への偏見を、昭和のど真ん中においてさえ軽々と飛び越えてみせたのだ。
画力で世間を黙らせた。ギャグを駆使した物語の質の高さで世間を黙らせた。主人公のパタリロだけでなくバンコランたち脇役の香り立つ中性キャラで世間を黙らせた。
パタリロのある種の爬虫類のような外貌はのぺりとして性別を感じさせない。バンコランやマライヒの美しさと洗練にも性別を感じない。ボケ役であるタマネギ部隊には男を感じるが眼鏡を外すやじつは美少女ばりの美少年ばかりで、これもジェンダーニュートラルである。
彼らが舞台を右へ左へと走りまわる「パタリロ!」ワールドは、獣の糞尿なみの異臭が漂う昭和混沌時代に、シャネルの香水をまいたように高貴で、黄金色に輝く豪華絢爛たる絵巻物であった。
いまいちど単行本をめくってほしい。
黄金色を基調としたマリネラ王国の描画は、まさにクリムトの世界である。声も動きもなかったクリムトを、魔夜峰央はパタリロを使って「動くクリムト」「しゃべるクリムト」にしてわれわれ読者に提示した。そう考えると魔夜峰央の異能がわかるであろう。
魔夜はただの漫画家ではない。思想家であり芸術家である。その思想性と芸術性によって「パタリロ!」は永遠に後世に残っていく。
(白泉社 472円~)