シドニー五輪代表もワールドユース代表もトルシエが指揮を執ることになった
南米大陸での公式戦に参加してみると南米諸国の選手の目の色は「日本で開催される大会に招待した時」とは、まったく別モノだった。
トルシエ率いる日本代表は初戦こそペルーに2-3と善戦したが、地元パラグアイにはズルズルと下がるフラット3に対して、強烈ミドルシュートを叩き込まれるなど0-4の完敗に終わった。スタジアムからホテルに戻る途中、街角に立っている<夜の蝶>たちから「ハポン(日本)・ゼロ! パラグアイ・クワトロ(4)!」と嘲笑されたものである。
■グループリーグ敗退
それでも最後のボリビア戦を1-1で引き分けて勝ち点1をゲットしたとはいえ、最下位でグループリーグ敗退。
大会中にトルシエ監督が名指しでMF名波浩を批判。2人の関係は険悪になっていった。
そもそもトルシエ監督は、自分に従わない選手を排除する傾向にあり、指揮官と主軸との関係性の悪化が、チーム全体にも暗い影を落としていった。 =つづく