番狂わせにドラマあり 多賀竜「連覇なんて狙ってないよ」の一笑が今は昔の平幕優勝
朝稽古の後で新聞を見せたら…
4日目の朝だった。多賀竜のいる鏡山部屋へ向かう途中で朝刊を買うと、某紙に「連覇を狙う多賀竜が連敗した」とある。他の競技なら、前回優勝者はたいてい連覇を狙うが、大相撲では必ずしも「先場所優勝の」が「連覇を狙う」に置き換えられるわけではない。平幕優勝であればなおさらだ。
某紙の事情は分からないが、朝稽古の後で多賀竜に「関取、こう書いてますよ」と新聞を見せた。
「ん? おいおい、連覇なんて狙ってないよ」
「ディフェンディングチャンピオン」の重圧など無縁の顔で一笑した。
平幕優勝は本来、非常に可能性の低いことが起こるもの。伸び盛りの貴花田(のちの貴乃花)や復活途上の照ノ富士のような例もあるが、平幕優勝力士が翌場所も優勝候補に挙がることはまずない。
だが、九州場所前は玉鷲の連覇を期待させる記事を見かけた。元横綱白鵬の宮城野親方さえ、評論家を務めるスポーツ紙の展望で可能性を指摘していた。照ノ富士の休場などの状況から見て、あり得る見立てだが、もはや場所前から番付が意味を成さなくなった感がある。
阿炎の記事が不祥事からの再起で埋まったように、番狂わせにはドラマがある。エピソードに事欠かない。記者にはありがたいが、それに頼るようになっていいものかとも思う。また千代の富士か、また白鵬かとぼやきつつ、記者たちが他社にない話や視点、切り口を求めて飛び回った時代も、このまま遠くなるのだろうか。
▽若林哲治(わかばやし・てつじ)1959年生まれ。時事通信社で主に大相撲を担当。2008年から時事ドットコムでコラム「土俵百景」を連載中。