著者のコラム一覧
青沼陽一郎

作家・ジャーナリスト。1968年、長野県生まれ。犯罪事件、社会事象などをテーマに、精力的にルポルタージュ作品を発表。著書に「食料植民地ニッポン」「オウム裁判傍笑記」「私が見た21の死刑判決」など。

当時の日記と証言で「南京事件」を検証

公開日: 更新日:

「『南京事件』を調査せよ」清水潔著 文藝春秋 1500円+税

 かつては長安と呼ばれ、シルクロードの起点となっていた中国の西安に行ったことがある。そこには回民街と呼ばれる回教(イスラム教)文化を受け継ぐ人々が暮らす界隈がある。夜には屋台が並ぶ。

 そこで遅い夕食をとっていると、スカーフで髪を隠した若い女性が、日本人か、と尋ねてきた。そうだ、と答えると、漢字を打ち込んだスマートフォンの画面を笑顔で見せてきた。「日本人不好因為有南京大屠殺」とあった。南京大虐殺をやったから日本人は好きではない、という意味だ。

 学校で事件を習ったという。戦後70年にあたる昨年の夏のことだが、中国の教育の現実を知った。一方で、日本政府はユネスコが南京事件を記憶遺産に登録したことに抗議を示している。

 そんな実体験もあって、タイトルにすぐ手が伸びた。

 本書は、昨年10月に日本テレビ系で放送されたドキュメンタリー番組「南京事件 兵士たちの遺言」の制作者が、その取材過程から番組で伝えた調査内容までをまとめたものである。ここで柱となるのは、1937年12月の南京攻略戦に参加した日本兵たちの、当時の日記と証言である。主に、福島県会津若松で編成され、上海、南京に派遣された聯隊の兵士のものだ。そこにこんな記載がある。

〈五千名を揚子江の沿岸に連れ出し機関銃で射殺す/その後銃剣にて思うぞんぶんに突き刺す/年寄りもいれば子どももいる。一人残らず殺す/刀を借りて首も切ってみた〉

 日記や証言は複数存在する。その信憑性と整合性を調査、検証していくと、あの当時、現場で何が行われていたのかが見えてくる。丁寧な裏付け取材と、冷静に加えられる一次史料への検討が読み手の興味をさらに引きつける。

 本作の原点となった番組は、ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞ほかさまざまな賞を受賞している。ところが、先月になって産経新聞がこの番組に噛みついた。放送で使用された写真の表現手法を問題とする記事を掲載。すると日本テレビが同社に内容証明を送って抗議。産経新聞はこれに反論する記事を再び載せている。場外乱闘もいいところだが、南京事件はそれだけ日本人の心を複雑にさせる。

【連載】ニッポンを読み解く読書スクランブル

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    大谷に懸念される「エポックメーキングの反動」…イチロー、カブレラもポストシーズンで苦しんだ

  2. 2

    阿部巨人V奪還を手繰り寄せる“陰の仕事人” ファームで投手を「魔改造」、エース戸郷も菅野も心酔中

  3. 3

    阪神岡田監督の焦りを盟友・掛布雅之氏がズバリ指摘…状態上がらぬ佐藤輝、大山、ゲラを呼び戻し

  4. 4

    吉村知事の肝いり「空飛ぶクルマ」商用運航“完全消滅”…大阪万博いよいよ見どころなし

  5. 5

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  1. 6

    一門親方衆が口を揃える大の里の“問題” 「まずは稽古」「そのためにも稽古」「まだまだ足りない稽古」

  2. 7

    大谷ファンの審判は数多い あいさつ欠かさず、塁上での談笑や握手で懐柔されている

  3. 8

    小泉進次郎の“麻生詣で”にSNSでは落胆の声が急拡散…「古い自民党と決別する」はどうなった?

  4. 9

    ドジャース地区連覇なら大谷は「強制休養」の可能性…個人記録より“チーム世界一”が最優先

  5. 10

    ドジャース地区V逸なら大谷が“戦犯”扱いに…「50-50」達成の裏で気になるデータ