「おいしい料理は、すべて旅から教わった」荻野恭子著
料理研究家の著作といえばレシピ本とか料理エッセーが定番だが、本書は旅本。
著者の荻野恭子さんが20代から今日までに訪れた60カ国での経験に基づく“粉物”をメインとする食文化の記録になっている。
訪問地の大半はロシア、中央アジア、東南アジア。取り上げられるのは家庭料理。これだと思う料理を見つけると、主婦やシェフから素材や作り方を学ぶスタイルを繰り返すことで、各国の食生活事情や食文化を身に付けていく。手間を惜しまない方法が素晴らしい。その傾向は30代に入って顕著になり、料理教室の先生だった著者が料理研究家へと活動の幅を広げていくのと歩調を合わせている。
僕は明確な目的を持った旅を“わざわざ旅行”と呼んでいる。シンプルな動機を胸に現地まで行くのは好きでなければできないことだ。著者の旅にビジネスのにおいがまったくしないのも、好きが前面に出ているからだと思う。隣接する国々が、食に関してどういう影響を与え合っているかなんて、足を運ばなければ見えてこない情報だ。
各国を代表する家庭料理の紹介やレシピも豊富に掲載されているが、料理という一般的なものを足がかりに、相手の懐に飛び込んでいく軽やかなスタイルこそ本書の読みどころではないだろうか。日本で知り合ったトルコ人の里帰りに同行し、1カ月もホームステイしちゃってるもんなあ。好奇心と探究心が並じゃない。
余談だが、僕は著者に料理を習ったことがある。2年前、急にピロシキを作りたくなり、どうしてもうまくできないので、教えて欲しいとずうずうしくお願いしたのである。言われるままに手を動かすと、家ではできなかったことが簡単にできてしまうので驚いたが、持参した見栄えの悪いピロシキを見た著者にかけられた言葉が印象に残っている。
「作ってみたのね。それでいいのよ。すべては失敗から始まります」(KADOKAWA 1450円+税)