「サカナとヤクザ」鈴木智彦著
5年の歳月をかけ、北海道から九州、台湾、香港まで、密漁の実態を追いかけたノンフィクションだ。毎日の食卓に上る魚がこれほどまで犯罪と身近なものであることがショックだし、関係者なら知らぬ者のいない実態なのに、表沙汰になることが少ない点にも驚かされた。
6章あるうち、白眉は第4章の千葉編と第3&5章の北海道編だろう。前者は銚子、後者は根室を舞台に繰り広げられてきた密漁の歴史には、漁業の闇が凝縮されている。
特に北方領土問題が絡む北海道編では、ソ連時代のロシアが漁をさせる代わりに漁師をスパイとして活用していたことも明かされ、カニ漁からあぶりだした戦後史としても興味深い。
また、第1章の岩手・宮城編では東日本大震災以降のアワビ密漁団の動きがスリリングに描かれ、第6章ではウナギの国際密輸を追跡。
これらが現在進行形の裏ビジネスであることを思い知らせてくれる。
しかし、僕は一見地味に思える第2章こそが著者の真骨頂だと思う。全国から魚が集まる築地市場(移転前)で密漁された魚はどのように扱われているかを確かめるべく、4カ月の潜入取材を敢行しているのだ。結果、何か凄い発見をしたわけではない。大事件も起こらない。でも、確かに密漁された魚はここで正規の魚と同じように売られ、飲食店や家庭の食卓へと運ばれている。その実感を掴むため、現場の空気を肌で知ることが、著者にとっては欠かせない通り道なのだ。
ジャーナリスティックな面を持ちながらも、本書がエンタメとしても読めるのは、カラダを張らないと書けないリアルな文章へのこだわりと、密漁を暴くことよりシステムの解明に執念を燃やす好奇心にあると僕は思う。
同じような取材をしても、新聞記者には醸し出せない雰囲気が本書には満ちている。それこそが最大の魅力だ。
(小学館1600円+税)
サカナとヤクザ