「浮世絵の解剖図鑑」牧野健太郎著
印象派の巨匠たちにも多大な影響を与えた浮世絵だが、美術品として鑑賞するだけではもったいない。浮世絵には、さまざまな謎や江戸の洒落、庶民の知恵が詰まっているのだ。江戸っ子たちは、浮世絵に忍ばせるように描きこまれたそんな遊び心を面白がっていた。本書は、作品の細部を読み解きながら、名作浮世絵をタイムマシンにして、江戸の生活をのぞき見る面白ガイドブック。
例えば、今も続く浅草の酉の市の風景を江戸名所のひとつとして描いた歌川広重の「名所江戸百景 浅草田甫酉の町詣」。
二階屋の窓から、遠くに雪化粧した富士山、眼下には縁起物の大きな熊手を持って田んぼ道を行き交う人々が見える。その風景を出窓風の格子窓に乗って眺める白猫が描かれているのだが、なぜか猫は耳を立て、見るからにご機嫌が斜めの様子。
実は田んぼの中にある二階屋や格子窓から、江戸っ子にはここが新吉原遊郭の一室だとすぐに察し、屏風の向こう側では猫の飼い主が酉の市帰りの旦那を迎えて仕事中のため、猫がすねていると分かるのだという。
「富嶽三十六景 青山円座松」で富士山と対比するように描かれた森のようにこんもりとした一本松。松は現在の渋谷区にある竜岩寺(龍巌寺)の境内にかつてあったもので、絵師の葛飾北斎は、巨大な松を支えるあまたの支柱の間に、巨木を管理する寺男の足をさりげなく描きこんでいる。
他にも、“江戸三鮨”と呼ばれた高級寿司店「松の鮨」がスポンサーになり、歌川国芳に描いてもらった広告付き浮世絵「縞揃女弁慶 安宅の松」や、トイレ中のお殿様と家来の様子を描いた歌川広景の「江戸名所道外尽 廿八 妻恋こみ坂の景」など60余りの浮世絵を解説。
浮世絵の楽しみ方が変わるおすすめ本。
(エクスナレッジ 1600円+税)