「木箱ラベルの時代 昭和のくだもの」林健男著
物資が乏しかった戦前、青果は笊や竹かごに入れられ出荷されていた。やがて、それらに取って代わって、強度を備え再利用ができる木箱が主流となる。木箱に詰められたもみ殻の中からリンゴを取り出した記憶が残っている人もいることだろう。あの木箱だ。
木箱ラベルとは、青果流通市場で、中身が一目で分かるように、木箱の横に貼られたラベルのこと。
本書は、その木箱ラベルを当時制作していた印刷会社「精工」が収集、保管している貴重なコレクションを紹介するカタログ写真集。
まずはミカンのラベルを取り上げる。
お茶の間に欠かせないミカンは、1960年代、約100万トンだった生産量が、70年代に4倍に急上昇。中でも和歌山の「有田みかん」は高級ブランドで進物品として人気を博した。
その有田みかんをはじめとする和歌山県各地や愛媛県、静岡県などの今でも有名な産地や、大阪府、香川県など各産地のラベルが並ぶ。
同じ有田みかんでも農園や農協など出荷者によってデザインが異なる。ラベルの面白さは、その当時ならではのデザイン性にあり、これらの多くは戦後間もない時期に「スケッチ屋さん」と呼ばれた画家を志すアルバイトの人たちの手によって描かれたという。
1950年代のラベルからは、40年代には決して見ることができないローマ字を用いたデザインも登場する。
ラベルの第1の目的は、木箱の中身を伝えること。ゆえにミカンやリンゴ、桃、梨など、まずはそれぞれの絵が大きく描かれる。同時に産地も一目で分かるような工夫が求められ、鳴門の渦潮(徳島県)や厳島神社(広島県)、弘前城(青森県)など、産地の名所が商品の果物とともに描かれているラベルもある。
中には、百人一首の「淡路島 かよふ千鳥の鳴く声に いくよ寝覚めぬ 須磨の関守」の句にちなみ、千鳥の紋を多用した淡路島の農園のラベルや、大黒様やだるま、宝船などの縁起物、そしてキャンペーンガールのような少女や女性の絵まで。
当時に思いを馳せながら、そのデザインが採用された背景をひとつひとつ読み解いていく楽しさがある。
こうした木箱の外側に貼られる「褄貼り」ラベルの他に、裏面に生産者からの謝辞などを記して贈答用の高級果実に添えた「中入れ」や、木箱に詰められた果実の上にのせた「上置き」などのラベルも網羅。
かつて果物の高級品はひとつひとつ包装紙に包まれていた。品種や産地、生産者を薄葉紙やグラシン紙に印刷して、果物を保護するために使われた終戦直後のそうした包装紙のコレクションまで含め491点を紹介。
木箱ラベルは、時代とともに商品を魅力的にアピールする宣伝ツールとして進化したが、段ボール箱の登場とともに姿を消し、その活躍期間はわずか20~30年ほどだったという。
消耗品として使い捨てされた商業パッケージの歴史を伝える貴重なコレクションだ。
(IBCパブリッシング 2640円)