「水と手と目」豊井祐太著
「水と手と目」豊井祐太著
2010年代初頭からネット上でピクセルアートを発表してきた著者の作品集。
ピクセルアートとは、画面をマス目状に分割して、その一つ一つに色の情報を与えることで像を描く「ビットマップ形式」のコンピューターグラフィックスで、「ドット絵」とも呼ばれる。
昭和生まれの世代には、かつて楽しんだ創成期のゲームグラフィックを思い浮かべる人も多いだろうが、都市や自然、そして日常の情景を繊細に描く著者の作品は、ピクセルアートのこれまでのイメージを払拭して、表現ジャンルとして新しい局面を切り開いたと高く評価されているそうだ。
夜のビル街を描いた2015年の作品を見ると、その評価に納得。すきまなく密集した高層ビルの間を縫うように電車が行き交い、空には三日月と星と雲、そして画面手前の水面には夜景が写り込んでいる。彩度の異なる青とグリーンを用いたグラデーションによって街の奥行きと空の高さを表現。さらに水面の揺らぎまで感じられる。
一見すると心地よい無難なイラストレーションに見えるのだが、作品からは冷たい静けさが伝わってくる。
著者によると、この作品は「初めて東京を見たときの孤独と不安」の絵だという。当時、「病んでいた」という著者は、「このビルの隙間に落ちて死んでも、翌朝ゴミのようにシステマチックに回収されるんだろうな」といったことを考えていたそうだ。
同じビル街をモチーフにしながらも、女の子が自宅の屋上と思われる場所から遠くのビル街を眺めている作品からは優しさが感じられる。
たまに紙に絵を描いたり版画展などを見に行ったときに、デジタルにはない紙の絵の色彩の穏やかさを実感し、ドット絵なりの穏やかな色合いができないかと考えて描いた作品だという。
ほかにも、東京の柳橋あたりを彷彿とさせるビルの合間の運河に屋形船が浮かぶ風景を描いた作品では、落日の名残が広がる空と、佃煮屋の看板を照らす温かみのある光までをリアルに表現し、まるで「シン・浮世絵」のような見ごたえだ。
かと思えば、ゲームの世界に紛れ込んだようなファンタスティックな作品から、駅の立ち食いそば屋や、どこか懐かしさを感じさせるキッチンというよりは台所と呼ぶのがふさわしい風景、店先に水槽が並ぶ町中の小さな観魚店の前で花に水をやる女性など、どこにでもある日常の一風景を切り取った作品などもある。
ページの合間には、描いたときの状況=水、手法=手、そしてそのときの思考=目として、創作の背景を著者自らが解説。
さらに、かつて只見線の会津坂下駅のホームで見た光景を描いたという作品を例に、ドット絵の制作の過程を技術を含めて詳細に公開する。
知られざるピクセルアートの世界への案内状となってくれる作品集だ。
(グラフィック社 2530円)