「94歳セツの新聞ちぎり絵日記」木村セツ ちぎり絵
「94歳セツの新聞ちぎり絵日記」木村セツ ちぎり絵
著者は、長年連れ添った夫を見送った翌年の2019年の元旦、娘に勧められ「新聞ちぎり絵」をはじめ、現在、その作品を発表するSNSのフォロワーが8万人近くいるスーパーおばあちゃんだ。
本書は、21年の正月から94歳の誕生日を迎えた今年1月までに制作した新聞ちぎり絵作品に、日常のスナップを添えて絵日記風に仕立てた作品集。
セツさんは毎朝、8時前には起床。部屋の前では飼い猫のフクちゃんがセツさんが起きてくるのを待っている。
朝起きると、まずは亡くなった夫を「びっくりさせないよう」にちょっとお化粧をしてから仏壇の前に座りお経を唱える。そして、夫がいるときの朝は自分は好きではなかったが「お粥さん」ばかりだったので、今は大好きなトーストとコーヒーで朝食。
朝食を終えたら昼食までの2時間、ちぎり絵に集中する。昼食後に昼寝をして、頭が冴えていたら、また夕食まで2時間ほど机に向かうという。
そんな自らの日常を明かしながら、お正月に毎年欠かさず飾る「門松」をはじめ、世間知らずになっては「あかんから」といつも聞いている「ラジオ」、夫が好きだった銘柄の「ビールの缶」など身近な品々をちぎり絵で再現した作品が、本人の言葉とともに並ぶ。
ラジオのスピーカー部分は、新聞のあちらこちらから集めたQRコードを重ね張り合わせて表現。よく見るとツマミ部分はなんと合唱団の写真で、それが違和感なくツマミに見えるから不思議だ。
ビールの缶は、描かれた「麒麟」が「むつかしかった」というが、開けられたプルタブといい、全体の配色まで見事に再現。何よりも、日々の新聞の紙面から、お目当ての色や書体を見つけ出し表現するその手腕に驚かされる。
作品の題材で圧倒的に多いのは日々、食卓に並ぶ食べ物だ。
土鍋に入ったおでんは、色を見つけるのに苦労した巾着や、だしが染み込んだ卵など、こだわりの作品。大根の断面の粒々とした輝きまで再現されている。
ホットドッグの上の垂れたケチャップや、卵かけご飯の卵の黄身の照り、バナナが入ったセロハンなど、それぞれの質感までもが伝わってくる。
殻付き落花生を題材にした作品は、孫の婿に見せたら「スリッパみたい」と言われ、作り直したもの。この年になったら、「何もかも人に見てもらって、あかんところはあかん言われるのがうれしいです」と、その素直さと向上心が若々しさを保つ秘訣のようだ。
ちぎり絵をする部屋には悪さをするから絶対に入れないというフクちゃんをモデルにしたカワイイ作品もある。
カレールーの箱や豚まんの包装紙、キャラメルの箱など、実際の商品を忠実に再現しているのだが、商品名やキャッチフレーズなど、ところどころにセツ流の「遊び」が入っているところがまた心憎い。
手にすれば、ご長寿パワーの分け前をいただき、こちらも元気になってくる。
(里山社 2090円)