藤原緋沙子
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藤原緋沙子

高知県生まれ。2013年「隅田川御用帳」シリーズで第2回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。著書に「番神の梅」「龍の袖」、「橋廻り同心・平七郎控」シリーズほか多数。

(21)万年橋を背に與之助の元へ

公開日: 更新日:

(六)

 千加は、海辺大工町の番屋の留め置き部屋で正座して、自身に下されるお沙汰を待っている。

 崎山を刺殺したあと、誰かの知らせで走って来た同心に仇討ちだったことを説明し、崎山平左衛門の身分を告げ、同時に深手を負っている與之助の治療を頼んだ。

 そうして自身は、同心の意に従って、番屋に留め置きされているのだった。

 一度母の豊が会わせてほしいとやって来たが、追いかえされている。

 これから千加に起こることは、崎山の遺体を引き取った高島藩がどのような判断を下すかだ。仇討ちの許可もないまま刺殺した千加だ。ただの殺しとして町奉行所に引き渡され、重い罪に問われるに違いない。しかしどう裁かれようとも後悔はなかった。

 ただひとつ気になるのは與之助のことだった。肩口を斬られていたにもかかわらず、捨て身で崎山の隙を誘ってくれたからこそ、千加は本懐を遂げることが出来たのだ。

 千加は、我が身に裁断が下されるまでのひとときを、これまでの幸せだった日々を回想していた。

 番屋が慌ただしくなったのは、夕暮れ近くなった時だった。

 高島藩の御用人、田野村作左衛門様という老齢の侍が家来を連れてやって来たのだ。美里も一緒だった。

「お千加さん……」

 美里は、髪を振り乱して端座している千加に走り寄った。

「お報せが遅くなって……でも千加さん、お父上の遺文、こちらの御用人のお力添えで認めてくださったのですよ」

「美里さん、本当ですか……」

 千加は美里の手をとると、わっと泣き崩れた。美里も千加の手を取って泣いた。

「うぉっほん」

 田野村用人が咳払いをした。美里がはっとして座を外した。

「戸田彦十郎の娘、千加、彦十郎が残した不正を記録した遺文『賄い方不正の詳細』は目付によって調べた上で、不正は崎山平左衛門だったと判明した。崎山は一月半前、この深川で不正隠蔽に使った台所方の吹田を口封じのために殺害している。よってそなたの今般の一件は、仇討ち免状により本懐を遂げたものと決まった」

 老齢だが朗々とした声で、用人田野村は千加に告げた。

「ありがとうございます。父もあの世で喜んでくれていると存じます」

 千加は、深々と頭を下げた。

「女だてらに見事であったな。追って藩庁から今後のことについてはお達しがある筈だ。それまでは母御と心を癒やせ」

 用人田野村はそう告げると、番屋で待機していた同心に事の次第を告げ、美里と一緒に上屋敷に引き返して行った。

「良かったな、お千加さん」

 同心は帰って良いのだと言った。

「あの、與之助さんの具合は……」

 千加はそれがなにより知りたかった。

「安心しろ。命に別状はないそうだ。外科医玄庵の診たてだ」

 同心は笑って言った。千加は頭を下げると番屋を走り出た。万年橋を背にして、玄庵の家に向かって走った。

 (了)

【連載】万年橋の仇討ち

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