映画監督が書いた本特集

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「冒険監督」塚本晋也著

 大作から佳作、怪作まで、スクリーンに想像を超えた世界を繰り広げる、あの映画監督の頭の中には、いったい何が詰まっているのか。あのタイトルやあのシーンは、何を描きたかったのか--。

 5人の監督が書いた新刊本から、その内的世界をのぞいてみよう。



 塚本監督の初の時代劇「斬、」。20年以上前に浮かんだ「1本の刀を過剰に見つめる若い浪人の話」という1行のアイデアを、ずっと温め続けてきた。

 肉付けされたストーリーはほとんどなかったが、俄然動きだしたのだ。武士の中には「なぜ、斬らねばならないのか?」と悩み苦しんだ者もいたのではないか。タイトルに「。」でなく「、」をつけたのは、相手を斬って事が収まり完結するのでなく、「斬ったらどうなる?」という問題提起を込めたからだという。

 スタッフが「、」が斬った後の血や涙を想起させると言うので、これに決定した。

「斬、」は、「戦争の気配」が濃くなっていくことに危うさを感じて作った前作の「野火」と対となる作品かもしれない。

 製作、監督、脚本、撮影、照明、美術、編集などすべてに関与して映画を作る監督の独白。

 (ぱる出版 1400円+税)

「映画監督 市川準」市川準+倉田剛著

 味の素のCMを作っていた市川は、CM同様、田中麗奈と樹木希林が母娘役でみそ汁を飲むシーンを入れるという条件付きで映画の製作を依頼された。そして、1年という期間制限のある恋に突き進む女性を描く映画「東京マリーゴールド」を撮ることに。

 撮影が始まると、田中がある「渇き」を急いで癒やそうとするような勢いがあるのに気づく。田中は広告界の売れっ子だったが、CMの世界の人間には、「もっとちゃんと出会いたい」という感情が澱のように積もっている。なぜなら役者とCM演出家は現場ですれ違うだけだからだ。

 映画のラストの方で、自分が出演したCMを見て田中が涙を流すシーンがある。さまざまな人がひたすらキャッチボールを繰り返すだけのCMだが、市川はそれを見たとき、もう一度ちゃんとCMをやろうと思った。

 映像詩人、市川の世界の集大成本。

 (ワイズ出版 2500円+税)

「映画監督 佐藤純彌」佐藤純彌著

 角川春樹から「人間の証明」のオファーが来たとき、佐藤は、これまで撮り続けてきた東映とは別のところで仕事をしたいと思っていた。角川春樹のエネルギーにも引かれていたが、今までの自分の映画のどのカテゴリーにも当てはまらない作品なので、かなり悩んだ。

 脚本を一般公募して話題になり、松山善三の脚本が選ばれたが、佐藤の体質とはどこか違うものが感じられた。この作品には実の母親に対する角川の思いが反映されていて、実は角川は母親が名乗り出ることを期待していた。実際に角川はワイドショーで母との対面を果たすことに。「国際スケールの母もの映画」になったが、佐藤にとっては相いれない要素が大きかったという。

「実録安藤組」「君よ憤怒の河を渉れ」などの作品をアルチザンとして作り続けてきた佐藤監督が、野村正昭、増當竜也との対談で、映画人生を語る。

 (DU BOOKS 2800円+税)

「映画監督 坂本浩一全仕事」坂本浩一著

 ウルトラマン、仮面ライダーなどのヒーローものを作り続けているのが坂本浩一監督だ。

「仮面ライダーW」の監督を引き受けたとき、何か条件はあるかと聞かれ、ゲストに「特捜戦隊デカレンジャー」でデカイエロー役だった木下あゆ美を出演させることと、住む場所の確保を依頼した。その前の仕事のとき、円谷プロが用意したアパートを引き払う必要があったからだ。

 坂本は若い頃、ハリウッドで仕事をした経験がある。カメラが動いている中で仮面ライダーの変身が完了するシーンを撮影する場合、アメリカではモーションコントロールという特殊なカメラで大がかりな撮影をする。ところが東映のカメラマンは特殊な機材を使わず、目見当(めけんとう)でカメラを動かして撮影。坂本はすごいカルチャーショックを受けた。

 坂本監督の全仕事リストも収録。

 (KANZEN 2700円+税)

「映画はおそろしい」黒沢清著

「何だかわからないけど、すごく怖いことが起こりそうだ」という画面作りをするのは、その後にすごく怖いことを的確に起こす自信がある場合のみ許される。起こった肝心のカットに余分な雰囲気がまつわりついていると、何が起こっているのか理解できない。

 コッポラは「ドラキュラ」でその失敗をおかした。例えば、美女がドラキュラに血を吸われるシーンで、室内に大量の血液が噴き出してくる。ところが、翌日、召し使いが床を掃除したりはしていない。幻想シーンだったのか、それともドラキュラが起こした超常的な現象かもしれないと、観客は判断に迷う。召し使いが床の血を拭き取るシーンがあったら、この映画は文句なしの傑作になっていた。他に、ホラー映画ベスト50や映画祭滞在記など、黒沢監督がホラー映画を語る一冊。増補復刊版。

 (青土社 2400円+税)



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