お別れの会に4万人が集まった 寅さん渥美清の死
<1996年8月>
8月13日、鎌倉市の松竹大船撮影所には4万人が詰めかけた。この日、行われたのは渥美清の「お別れ会」。壇上には「寅さん」と似た面持ちの長男や、「男はつらいよ」シリーズの山田洋次監督らが代わる代わる立ち、ファンも生前の渥美を偲び、涙した。
撮影所内に組まれた「男はつらいよ」の「くるまや」のセットにも、これが見納めとファンが押しかけた。午後1時から行われる予定の献花にも、長蛇の列。一番乗りの人は朝4時半から並んでいたという。
この9日前の4日、渥美清が順天堂大学付属病院で亡くなった。68歳だった。死因は転移性肺がん。死の5年前、発見された肝臓がんがその2年後、肺に転移。渥美は手術や抗がん剤治療のために入退院を繰り返していたが、その間も病気は家族以外ひた隠しにされ、渥美は寅さんを演じ続けた。
スタッフにも詳しい病気のことは知らせなかったが、体調の変化は隠せない。山田監督によれば89年末に公開された「男はつらいよ ぼくの伯父さん」あたりから、渥美の体力の衰えがはっきり見えてきたという。渥美の体調を気遣って、動きのある場面は寅さんの甥役の吉岡秀隆を中心に構成するように、映画のスタイルも変わっていった。歩くのも大変な渥美はテキ屋のトランクに腰掛けたままの場面が増えた。観客や通行人から声をかけられても笑みを振りまく余裕もなくなり、「傲慢(ごうまん)」というウワサを立てられたりもした。