優しい大家さんはガンコ婆に 実体験を巧みに詞をアレンジ
清志郎の曲作りには、見事なストーリーテラーぶりが発揮され、実体験を巧みにアレンジし、詩情豊かな世界を生み出す。
シングル曲「スローバラード」は、当時、発売から1年足らずで廃盤となったが、のちにソウルバラードの傑作と評価された。市営駐車場に止めた車の中で彼女と夜を過ごしたことを歌にし、「ぼくら夢を見たのさ とってもよく似た夢を」と切々と歌い上げる。清志郎によると、実際は見回りにきた警官に注意されて、警官を非難する内容も含んでいたという。それを彼女に制止され、ラブストーリー仕立てになった。きれいな部分を残して結晶化した結果、名曲としてのちに受け入れられた。彼女の的確なアドバイスが功を奏したわけだ。
「リアルな現実と、歌詞の世界は別。清志郎さんは、現実を咀嚼してアレンジする達人です。『誰かがBedで眠ってる』(83年)では、交際を反対した彼女の父親が怒鳴り込んできた場面を歌詞に。『あんたのハゲ頭で ふたりの未来を明るく照らしてくれよ』と締める。転んでもただでは起きない、骨の髄まで表現者です」
ひとつの詞を書き上げるまでに何冊ものノートを使った、という清志郎の逸話は有名。その姿勢にはブレがない。一貫して中心に自分がいる。しかし、この才能も世間に認められるまでには、まだ数年の暗黒時代がある。清志郎はこの頃、極貧にあえいだ末、唯一のバイト経験である「キャバレーのサンドイッチマン」をして、父親に「おまえは偉いな。度胸がある」と褒められたそうだ。
(つづく)