「54歳で子供ができたと聞いた時、信じられなかったです。思わず泣きました」
「こういうもんかなと思いました。ただ、好きで入った道じゃないから、緊張感と集中力が欠けてるんですね。稽古中も気が散って、その挙げ句けがです。左足のアキレス腱に亀裂が入った。ひと場所休めば治ると言われたけど、もう嫌になって部屋を脱走しました」
父親の怒りを買うので、実家には帰れない。そこで15歳の少年はどうしたのか。
「新宿駅に近い安宿に泊まってアルバイト生活です。相撲より落語が好きなんで、暇さえあれば末広亭に行ってました。そこで3代目円歌の『中沢家の人々』を聴いた。客席をひっくり返すような笑いでした。この師匠の弟子になろうと思って、翌週、円歌が出ている鈴本演芸場で出待ちして、『弟子にして下さい』と頼んだら、いきなり『相撲部屋から来たのか』と言われて驚きました。なんで知ってるんだろうって」
真相がわかったのはずっと後である。
「親方は僕と同期の弟子たちから、僕が落語が好きで、円歌と柳昇のファンだと言ってたのを聞いてたんですね。もし落語家になろうとするなら、どちらかの師匠のとこへ行くはずだと。親方と師匠は以前から付き合いがあって、『ひょっとして師匠のとこへ行くかも知れません』と連絡してたわけです」 (つづく)
(聞き手・吉川潮)