生きるために政治は必要だが、生き心地を確かめるには文学が役に立つ
■新宿「風花」朗読会の夜
だから昨年末に3回目の訪問となった新宿のバー「風花」で、同店常連の中森明夫さんと島田雅彦さんから朗読会出演を請われたぼくは、ふたつ返事でお受けしたのだった。出演の条件はただひとつ〈自作を読む〉。語りのプロではなく、書き言葉の主が自ら文章を読みあげたとき、そこに現れる(のか?)情景のかたちに興味があった。
風花朗読会は2000年秋に作家の古井由吉が始めたもの。本人が毎回ホストと前座を務め、一人あるいは二人の作家のゲストが自作を読んで語りあう催しは10年以上も続いたという。日本で新型コロナウイルス感染症が確認された翌月の20年2月、古井さんは82歳で亡くなった。今回の朗読会は、感染状況はある程度落ち着いたという判断のもと、進行を文芸誌『新潮』編集長の矢野優さん、ホストを島田・中森両氏が分担する形で再開した第一回。中森さんの新作小説『TRY48』の出版直後という絶好のタイミングでもあった。
満員御礼のなか、島田さんが登場。やや粘性の高い、だがズドンとした量感もある声で、古井さんの言葉も引用しつつ追悼文を読みあげる。いつも談論風発で騒がしい風花が一瞬にして静謐な図書館に。島田さんからマイクを受けたぼくは、詩人の田村隆一さんとの邂逅を綴ったエッセイ、天童よしみさんに提供した歌詞「帰郷」、そして当コラムから自選2本を朗読。「帰郷」に目を潤ませるお客さんが視界に入って、あやうくもらい泣きしそうになったのは、自作朗読会ならでは、かも。