意識がなくなる直前まで俳句を作り続けた患者さんがいる
「君がこゑ 間近聞こゆる 朝なれば 鎮痛剤に 勝る癒しも」
W君は看護師さんの笑顔、ただそれだけでも病気で萎えそうになった心を支える“幸せ”を感じていたのでしょう。
意識して宗教を信仰している方が少ない現代の日本においては、「不治の病気と闘う心」を持つために、しっかりした強い心や立派な人生観を持つことも大切かもしれません。
しかし、「日常のささいな楽しみ」や「毎日の小さな小さな幸せ」といったものが、患者さんの瞬間、瞬間、心を支えている。W君の俳句にそう思わされました。
W君は若いわりにはたしかにしっかりしていました。それでも、心の中では落ち込むこともたくさんあったと思います。彼を支えてくれたのはもちろんご両親ですが、俳句を作ることも彼の心を支えたはずです。
W君は意識がなくなる直前まで俳句を作りました。
「癒ゆる日も あらんや桃の 空の下」
後に刊行された彼の句集に載っている句です。 フランスのモラリスト文学者、ラ・ロシュフコーは「太陽と死は直視できない」と言いました。正岡子規やW君にとっての俳句は、襲いかかる死の恐怖に立ち向かう心の支えになったのではないだろうか。そう思います。