新型コロナで知っておきたいこと ウイルス・ゲノム学者に聞く
【4】ウイルス陽性だった人が陰性になり、再び陽性になるケースが報告されています。これは再感染ですか? そ
れとも再活性ですか? あるいは一人の人がインフルエンザのA型、B型にかかるように型の違いによるものですか?
宮沢 再感染ではないと思います。検査に問題があった可能性もありますが、恐らくは気道からは姿を消したウイルスが腸管など他の臓器に隠れていて、何かの拍子に再活性化して戻ってきて検知されたのでしょう。実際、咽頭で消えた新型コロナウイルスが腸管で見つかったケースが多数報告されています。そもそも動物のコロナウイルスは持続感染しやすく、体内から完全にウイルスが消えないものが多いのです。猿でウイルスが感染後完全に消えたという研究がありますが、4頭の結果ですから普遍性があるとは思えません。動物コロナウイルスが厄介なのは抗体ができても体内のウイルスがすべて消えるわけでなく、他の個体に感染させる力を持ち続ける場合があることなのです。再感染はありえますが、その場合は1カ月程度で免疫の効力が失われるとは考えにくいのです。また、新型コロナの場合、型が表す塩基配列の違いは、今のところそれほど大きくありません。現時点で型ごとに感染する可能性は低いと思います。
【5】ウイルスが物体に付着した場合、銅などの金属は数時間、段ボール紙は1日、プラスチックやステンレスは3日以上存在するといわれますが、本当ですか?
宮沢 恐らく実験では100万個くらいのウイルスの固まりを使っていたはずです。ウイルスが存在していることと感染力があることは違うことを知っておくべきです。ヒトを相手に実験できない以上、どのくらいのウイルスを浴びれば感染するのか、のデータはありません。ただ、他のコロナウイルスの実験例では100万個を動物に浴びせたり、気管などに噴霧したりします。私の感覚では一度に1万個以上のウイルスを含む飛沫を直接浴びるか、飛沫が出た直後に手で触り、口や鼻の奥に直接突っ込まない限り感染は難しいと思っています。ウイルスは非常に弱く感染可能な細胞に取り付かなければ次々と死んでしまうからです。私たちが感染実験で苦労するのは十分量のウイルスを集めることなのです。
【6】だとすると手洗いや消毒に完璧を目指す必要はない?
宮沢 私はそう思います。せっけんでしっかり手洗いしてエタノール消毒するというのは完全に細菌を殺したい人の発想でしょう。私は、手洗いは水で10秒、15秒洗うだけでも有効だと思います。多少洗い残しがあってもその時点ではヒトに感染できるだけのウイルスの個数は残っていないと考えるからです。室内清掃もエタノールをキッチンタオルにつけて拭き取るだけで十分です。“それだと飛沫を薄く引き伸ばすだけで終わるのではないか”と疑問を持つ人がいるかもしれません。しかし、私はそれで良いと思います。引き伸ばされた場所を触っても、手に付着したウイルスの量は飛沫をそのまま触るよりも激減しているからです。しかも、ウイルスはタンパク分解酵素などでどんどん死んでいき、細胞に感染するための入り口となる受容体にたどり着くことは難しいと考えられます。とにかくウイルスをゼロにすることに神経質になる必要はありません。頻繁に手洗いしましょう。
▽中川草(なかがわ・そう) 東海大学医学部分子生命科学講師。国立遺伝学研究所博士研究員、ハーバード大学客員研究員を経て現職。日本進化学会研究奨励賞などを受賞。
▽宮沢孝幸(みやざわ・たかゆき) 京都大学ウイルス・再生医科学研究所附属感染症モデル研究センターウイルス共進化分野准教授。日本獣医学会賞、ヤンソン賞などを受賞。小動物ウイルス病研究会、副会長。