あわや大惨事! 宮崎空港の不発弾爆発に「他の空港でも起こり得る」と戦史研究家が強く警鐘
滑走路につながる東側の誘導路の一部が陥没。2日午前に宮崎空港で起きた不発弾事故は、爆発による陥没が長径約7メートル、短径約4メートル、深さ1メートルにおよんだ。空港は約11時間閉鎖され、2日の発着便の大半が欠航を余儀なくされた。
「宮崎県警からの要請を受けた陸上自衛隊の不発弾処理隊が現地を調査したところ、爆発したのは戦時中に投下されたとみられる米軍の250キロ爆弾と判明。爆発により誘導路が陥没し、半径200メートルに金属片などが飛散しましたが、再爆発の危険性はないと判断。陥没箇所の埋め戻し作業が行われました」(社会部記者)
■終戦間際には米軍の軍事目標に
宮崎空港は戦時中の1943年に日本海軍の飛行基地として建設された。そして終戦間際には、沖縄への中継基地としての重要な役割を担い、「米軍の軍事目標にされていた」と、宮崎空港の歴史に詳しい郷土戦史研究家の稲田哲也氏が解説する。
「当時の宮崎空港は、沖縄への中継基地だったので、米軍から執拗な爆撃を受けています。特に戦況が激化していった1945年の4月から5月にかけ、1日に300発や400発の爆弾が落とされ、その多くが今回爆発した250キロ級の爆弾でした」