国民民主・玉木代表「野党結集」裏切りの歴史…浮かれる政局キーマンは政権交代の足を引っ張ったA級戦犯
突然「モテ期」に突入した国民民主党の玉木雄一郎代表。10.27衆院選で4倍増の28議席に躍進し、与党過半数割れ政局のキーマンに躍り出た。20~30代の若年層を中心に玉木代表への期待が高まっているという。だが、この男には自公政権の延命に手を貸した“裏切りの歴史”がある。だまされちゃいけない。
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11月11日召集予定の特別国会での首相指名選挙をめぐり、政界では多数派工作の駆け引きが続く。自民党は31日、国民民主と幹事長会談。立憲民主党の野田佳彦代表は30日、日本維新の会の馬場伸幸代表、共産党の田村智子委員長と個別に党首会談を行った。
自民と立憲の双方からラブコールが送られている国民民主の玉木代表は、立憲からの党首会談の申し入れを拒否。ハナから、自民と政策ごとに連携する「部分(パーシャル)連合」一択なのだろう。衆院選で国民民主へ投じられたのは「自公政権にノー」の批判票なのに、野党第1党の党首と会うことすらしない玉木代表の行動は、有権者を欺くことにならないのか。
「お山の大将気質の玉木さんは、昔から与党の方を向いていた。欧州の連立政権の若手党首をカッコいいと言っていましたから」(立憲関係者)
玉木代表には裏切りの歴史がある。2019年から20年にかけての旧国民民主党と旧立憲民主党の合流協議の時のことだ。旧国民の党首が玉木氏、旧立憲は枝野幸男氏だった。
当時は、安倍首相の「桜を見る会」をめぐる政治の私物化が問題になっており、臨時国会で「野党共同会派」を発足させた旧国民と旧立憲が、ともに安倍政権を追及。その流れで、19年12月6日に旧立憲の枝野氏が旧国民に合流を呼びかけ、翌年の通常国会までに両党が基本合意すべく、年末から年始にかけて合流協議が進んでいた。次期衆院選に向けた非自民勢力の結集が狙いだった。
「枝野さんは当初、『永田町の数合わせにはくみしない』と政党の再編から距離を置いていて、むしろ玉木さんの方が『幅広い政党・会派の結集が必要』と積極的だった。玉木さんは街頭演説ではもちろん、地元の国政報告会でも『野党結集』を訴えていました」(野党担当の政治記者)
■永田町ではナルシシストぶりに皆が翻弄され…
ところが、20年1月10日の玉木氏と枝野氏の党首会談で、合流が破談となってしまう。
「両党の幹事長間で細かなところまで話を詰め、協議はまとまっていた。最後に党首同士で非公式な会談を繰り返し、枝野さんは国民側の要求も取り入れた覚書のような文書を玉木さんに提示。玉木さんもいったん、了承した。しかし、翌日になると玉木さんが『やっぱり受け入れられない』と言い出し、反故にした。協議を担った両党の幹部らはみなあっけに取られました。枝野さんは代表を玉木さんに譲ってもいいとまで言ったのですが……。玉木さんは最初から合流したくなかったのでしょう」(前出の立憲関係者)
最終的に両党は20年夏に合流し、衆参150人規模の新生 立憲民主党となった。しかし、この時も玉木氏がグズグズし、結局、玉木氏ら14人が合流に加わらず「玉木新党」をつくった。それが現在の国民民主党だ。つまり玉木氏は、野党結集による政権交代の足を引っ張ったA級戦犯なのである。
政治評論家の野上忠興氏が言う。
「与党からの秋波に、玉木さんは『自公連立には加わらない』『欲しいのはポストではなく経済政策の実現』などと言っていますが、与党に入りたい本心が浮かれた顔に出てしまっている。首相指名選挙では、決選投票でも『玉木雄一郎』と書くと言っています。あわよくば自分が首相になれるかも、と期待しているんじゃないですか」
浮かれる玉木代表に対し、永田町では「あまりのナルシシストぶりに皆が翻弄されている」と揶揄する声も。「特別国会召集の11月11日まで時間がある。まだ政局は動く。玉木さんの我が世の春は今週いっぱいで終わるのでは」(政界関係者)との見方も出ている。
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政局のキャスチングボートを握る存在になりウキウキの玉木氏だが、権力のフェロモンを嗅ぎ分けるのに巧みな“女帝”も、もれなく付いてくる。東京都の小池百合子知事だ。どういうことか? 関連記事【もっと読む】で詳しく報じている。